【スプリンターズS回顧】前半3F32.1、レース史上最速の激流戦 タフな精神力みせたルガルの復活劇

勝木淳

2024年スプリンターズステークス、レース結果,ⒸSPAIA

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ハイレベルな秋のGⅠ開幕戦

昨年覇者に、春のチャンピオン、サマースプリント王者、香港勢、そして重賞4勝のセントウルS勝ち馬と現状、考えられるベストメンバーに近い馬たちが集い、秋のGⅠ開幕戦にふさわしい豪華な一戦だった。制したのは高松宮記念1番人気だったルガル。レース後に骨折が判明し、不完全燃焼の10着からのカムバックだった。

ルガル、トウシンマカオ、ナムラクレアで決まった3連単は2990.7倍ついたが、この組み合わせの3連単は高松宮記念だと105.9倍。ルガル9番人気はいくらなんでも軽くみすぎた。だが、骨折した高松宮記念から半年ぶりの復帰戦とあっては期待をかけるのも酷というもの。実力は認めているけど、今回はまずは無事に、というファンの優しさも9番人気には含まれていた。

高松宮記念からの直行は中間にアクシデントがない限り成立しないローテーションであり、ルガルもそのクチ。これでGⅠを勝つのは簡単じゃない。ケガを治し、ゼロから立ち上げ、GⅠに間に合わせた陣営の手腕は大絶賛に値する。

なによりルガルの心の強さには頭が下がる。ケガを負って、復活しただけじゃない。ケガをする前より強くなって戻ってきた。序二段から横綱に這い上がった照ノ富士などアスリートには常人では持ち得ない精神力とタフさがある。

ミエスクの血を引くルガル

レースのポイントはルガルの前を行くピューロマジックだった。横山和生騎手から典弘騎手へのスイッチの意図はなんなのか。これまで通り押し切りにかかるのか、それともなにか別の手を考えているのか。週中、ずっと頭を悩ませた。しかし、ピューロマジックがパドックに姿を見せると、悩みは消えた。明らかに発汗し、イレ込んでいたからだ。これは逃げるしかなかろう。典弘騎手も腹を決めたにちがいない。

レースではピューロマジックは先頭に立つや、グングンと後ろを引き離す。抑えても仕方ない。馬のリズムを大事にする典弘騎手もそう感じたか、暴走気味の逃げを無理になだめようとはしなかった。

前半600mは32.1。1986年以降、スプリンターズSでこれより速かった記録はない。1991年ダイイチルビーが勝ったときの32.2を超えた。中山芝1200mの前半600mでこれより速いのは、ショウナンカンプが逃げ切った2002年オーシャンSの32.0だけ。このときの後半600mは35.3でラスト1ハロンは12.6だった。

馬場の違いこそあれど、今回は後半600m34.9、ラスト1ハロン12.3。ピューロマジックの失速を早々にとらえたルガルのスピードと我慢強さが際立った。もっとも苦しい坂を上がったゴール前もルガルは決して勝負をあきらめなかった。

ルガルは血統面でも奥深い。4代母ミエスクはGⅠ10勝、BCマイルを連覇したスピード豊かな牝馬で、初仔キングマンボはご存じの通りエルコンドルパサー、キングカメハメハの父でもある。さらにリアルスティール、ラヴズオンリーユーの3代母もミエスクだ。

ルガルの3代母イーストオブザムーンはGⅠ3勝。そこに米国チャンピオンサイアーのストームキャットが配され、さらにサドラーズウェルズ、ガリレオ、ニューアプローチと欧州の名血が合流し、父ドゥラメンテからトニービン、エアグルーヴ、サンデーサイレンス、キングカメハメハと日本の主流血統の凝縮版が注がれた。それがルガルだ。

世界中の名血を遺伝子にもったルガルはGⅠという勲章を得たことで、種牡馬への道が開けた。スプリント、マイル、さらに中距離まで、その血の可能性は無限にある。底力ある血統だけに無事にスタッドインしてほしい。ミエスクの4×4という血統構成が日本の生産界にいるのは夢がある。

またも“負けて強し”で終わったナムラクレア

2着はトウシンマカオ。枠順を最大利用し、今開催の馬場を読み切ったイン突きは一瞬、とらえたかと思わせる勢いだった。中山ではオーシャンS勝ちがあり、得意な舞台ではあるが、時計面が少しだけしんどかったか。京都の京阪杯で1:07.4もあるが、中山だと7秒台半ばぐらいがよさそうだ。それでもクビ差まできたわけで、昨秋から続く充実期にかげりはない。

3着ナムラクレアはイン、先行優位の馬場で後方から外を回るという理想とは真逆の競馬になった。またしても“負けて強し”という競馬。もうそんな評価はいらないから、勝利がほしかった。キーンランドCをそれなりの仕上げで通過し、型通り上昇していただけに悔いが残る。3歳時と比べると、徐々に位置取りが後ろになっていき、その分、勝利から遠ざかっているようだ。

1番人気サトノレーヴは7着に敗れた。痛恨はスタートで一瞬、もたついたところ。位置をとれず、内にも入れず、外にはダノンスコーピオンがいるという厳しい形になってしまった。最後も伸びを欠いており、今回はGⅠの壁に阻まれたようだ。好位で立ち回る器用さを武器にここまで勝ち上がってきただけに、大一番で形を崩してしまっては仕方ない。また出直しだ。

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ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。

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