「美浦トレセン坂路閉鎖」は関東馬の成績に影響をもたらしたか データを調査すると意外な事実が判明
鈴木ユウヤ
ⒸSPAIA
改修工事に伴う坂路閉鎖
2023年7月現在、美浦トレセンは坂路コースが改修工事のため閉鎖中だ。これは栗東の32メートルを上回る、高低差33メートルの坂路を造成するための工事であり、5月29日~10月2日のおよそ4か月間、関東馬は(栗東滞在等の例外を除いて)坂路なしでの調整を余儀なくされる。
このニュースが発表されたとき、「閉鎖期間は関東馬が不利になるのではないか」という反応が多数あったものだが、実際にどの程度影響があったのか、検証は十分になされていないように思われる。
そこで今回は、本年6月以降における関東馬の成績についていくつかの指標を調べ、果たして坂路の閉鎖がどのような効果をもたらしているのかを考察してみたい。なお、利用するデータは特に断りがない場合、各年の安田記念週から函館2歳S週における平地競走のものとする。
影響は意外にも限定的
さっそくだが、坂路閉鎖期間の平地競走における所属別勝利数を集計する。関東馬211勝に対し、関西馬253勝。勝ち馬に占める関東馬の割合は45.5%だった。
問題はこれが例年に比べて高いのか、それとも低いのか。同様の集計を2018~22年についても行うと、関東馬が1061勝に対し、関西馬が1346勝。勝ち馬の44.1%が関東馬という数値だ。今年は45.5%だから、前5年よりも今年の方が、むしろ関東馬の成績はいい。
この1.4%アップを誤差の範囲と見るかどうか、見解は分かれるところかもしれない。ただ、少なくとも「坂路が使えない制約で関東馬が“弱体化”した」とは言い難い。
さらに掘り下げよう。たとえば先の「関東馬211勝」という数字には、「出走馬全てが関東馬」といったレースも含まれてしまう。そこで、東西の相対的な力関係を見るため、それぞれの遠征時成績に着目してみた。
まず、例年と環境が特に変わっていない関西馬の、東遠征時(※東京、福島のみ。函館は滞在調整のケースが多いため、意図的に除外した)の成績を見る。これが近年よりよければ、関東馬が普段よりパフォーマンスを下げていると言えるだろう。
今年の集計期間では282頭の関西馬が東京、福島に出走して、勝率10.3%、複勝率26.6%。18~22年が勝率8.3%、複勝率25.6%だから、確かにややアップしている。
なるほど、なら関東馬は逆に関西圏で苦戦しているのだろうか。そういうシンプルなデータが出てくれば話は早いのだが、そうでもない。関東馬の西遠征時(※阪神、中京)を調べると、今年は勝率9.0%、複勝率26.1%。18~22年が勝率4.6%、複勝率14.5%なので、苦戦どころか劇的に飛躍しているのだ。
今年、関東馬の西遠征がこれほどの好成績になった理由は、正直よく分からない。あえて推察するならば、宝塚記念のイクイノックスやスルーセブンシーズのように、「美浦は坂路が使えないから、関西圏のレースに出るなら栗東に滞在しよう」という選択をとる陣営が増え、それが奏功しているのだろうか。
メカニズムは判然としないが、関東馬の成績はむしろ例年よりもいい。少なくとも「我々の予想に影響を与えるほど、坂路閉鎖のデメリットは表れていない」と結論付けたい。
2歳は坂路で鍛えられないデメリット大
坂路が使えないデメリットは、関東馬トータルの成績にはさほど表れていなかった。しかしながら、追加で他のデータも調べていくと驚くべき事実が浮き彫りになる。
今度は「2歳戦」に限定して、先ほどと同様に東西双方の遠征時成績を調べた。といっても、今年の関東馬は西遠征が【0-0-2-4】の6例しかなく、サンプル不足のためここでは論を避ける。
衝撃的だったのは関西2歳馬の東遠征時成績だ。18~22年の勝率12.7%、複勝率35.3%も上々の数値だが、なんと今年は【7-3-9-15】勝率20.6%、複勝率55.9%、単回収率121%、複回収率113%の高水準になっている。2歳戦は東京や福島に出走してきた関西馬を全て買うだけでもプラス収支だ。
このことから、「2歳馬は例年よりも栗東>美浦の傾向が強い」、あるいは「関東の2歳馬が例年よりかなり手薄」と言えるのではないか。
以上の内容から、次の仮説が立つ。古馬の追い切りや運動が坂路からウッドに替わることに目立ったデメリットはないが、基礎体力を鍛える段階の2歳馬に坂路調教を課せないのは非常に痛い、と。
この傾向が秋の美浦坂路リニューアルに伴って解消されていくのか、それともクラシック戦線まで西高東低の形で影響していくのか。今後の動向を注視したい。
「外厩格差」は例年より大きいが……
さて、蛇足の感もあるが最後に気になったテーマを付け加えておく。それが、
「充実した外厩を使えるか否かの差が、例年より大きく出ているのではないか?」
という推論だ。ただし外厩については公式的なデータがないので、ここでは便宜上、生産者が社台・ノーザンファーム系(社台F、ノーザンF、追分F、社台コーポレーション白老F)か、それ以外か、という集計で代用しようと思う。当然ながら、以下の数値は関東馬に限定している。
坂路閉鎖期間は社台・ノーザン系が勝率10.8%であり、非社台系は同6.1%。その“格差”は4.7%だ。18~22年の同時期では社台・ノーザン系勝率9.2%、非社台系が同6.2%で、差が3.0%だから、確かにここ数年よりも社台・ノーザン系関東馬の(相対的な)強さが際立っている。
ただ、坂路閉鎖期間における社台・ノーザン系関東馬の単勝回収率は67%、複勝回収率は61%と低調。そもそも陣営人気もしやすく、プロフィールで過剰に馬券の売れる馬が多いからか、妙味はない。好走率が高いのは確かなので、馬券購入で迷ったときに優先するぐらいがいいだろう。
<ライタープロフィール>
鈴木ユウヤ
東京大学卒業後、編集者を経てライターとして独立。中央競馬と南関東競馬をとことん楽しむために日夜研究し、Twitterやブログで発信している。好きな馬はショウナンマイティとヒガシウィルウィン。
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