【安田記念】グレード制以降はヤマニンゼファーとウオッカのみ 安田記念連覇の記憶
高橋楓
ⒸSPAIA
ウオッカが見せた豪脚
グレード制が導入された1984年以降、安田記念を勝った牝馬はダイイチルビー、ノースフライト、ウオッカ、グランアレグリア、ソングラインの5頭。今年はソングラインが史上3頭目、ウオッカ以来の連覇に挑戦する。
ウオッカの安田記念制覇で忘れられないのは連覇を達成した2009年。単勝1.8倍に支持され、全馬にマークされることになった。直線を向いても目の前には二重三重の壁が築かれていた。
レベルの違う条件戦ならいざ知らず、相手は前年の日本ダービーとNHKマイルCを制したディープスカイ、前年の1番人気スーパーホーネット、後にGⅠ馬となる重賞6勝のカンパニーなど強豪馬たちだった。直線では前が壁になり、追い出すことすら許されない絶体絶命の状況。ラスト400mを過ぎても隙間すらない。しかし、ラスト200mでわずかに空いたスペースに馬体をねじ込むと、牝馬とは思えぬ力強さで他馬を弾き飛ばしながら、ただ一頭、異次元の末脚で飛んできた。
ラスト100mだっただろうか。前を行くディープスカイを並ぶ間もなく抜き去った。当時の牝馬GⅠ最多勝記録を更新し、かつ総収得金額は牝馬で史上初めて10億円を突破した。繰り返すが前を走っていたのは前年の日本ダービー馬ディープスカイ。後ろからきていたのは秋に天皇賞(秋)、マイルCSを連勝するカンパニー。これらを相手にしなかったのだ。レースが終わった後、とんでもないものを見たという浮ついた気持ちになったことを今でも覚えている。
「ゼファー魂」炸裂、忘れられぬ連覇達成
JRAが作成したポスター「ヒーロー列伝コレクション」のNo.37にこのようなキャッチコピーがある。「そよ風、というには強烈すぎた」。グレード制導入以降、初めて連覇を達成したヤマニンゼファーである。
ゼファーとはギリシャ神話に登場する西風の神ゼピュロスの英語読み。西風はそよ風や優しい風を意味している。にもかかわらず、ヤマニンゼファーのレースは見る者の心を熱くさせた。
勝利したレースはデビュー戦を除き常に0.2秒差以内の接戦。特に語り草は引退直前に制した1993年の天皇賞(秋)だろう。ツインターボがいつものように気持ち良く飛ばすなか、レース序盤から2番手争いをし、最後の直線では坂を上り切ったラスト200mあたりからセキテイリュウオーとの壮絶な抜きつ抜かれつの一騎打ちを制した。
そんなヤマニンゼファーのGⅠ初勝利が1992年の第42回安田記念だった。単勝オッズ一桁台が5頭いる上位拮抗戦の中、同馬は同35.2倍の11番人気。ここまで全4勝も、主な実績がGⅡ3着では致し方ない。しかし、レースは直線で早めに先頭に立ち、後続に何もさせない完封劇。これが田中勝春騎手の嬉しいGⅠ初勝利だった。ゴールする瞬間に高らかと突き上げた拳を、何度も何度も振り下ろし、そして口取りでグッドポーズを見せるなど喜びを爆発させた。
ヤマニンゼファーはこのレースを境に重賞戦線で活躍し始め、翌年には2番人気で連覇を目指すことになる。騎乗するのは当時デビュー9年目の柴田善臣騎手。それまで連覇を達成したのは第2、3回のスウヰイスーだけである。しかし、ヤマニンゼファーはいとも簡単に1分33秒5のタイムで連覇を達成した。
前年は後続が牽制する間にまんまと封じ込めた感があったが、連覇達成時は堂々と後続を引き連れ、どこまで走っても抜かせないような力強さがあった。しかし、そっくりだったのはゴールシーン。GⅠ初勝利を果たした柴田善臣騎手が天に向けて拳を突き上げたシーンは、昨年の田中勝春騎手を見ているようだった。
その後、先述の天皇賞(秋)で田中勝春騎手騎乗のセキテイリュウオーとの世紀の叩き合いを制し、暮れのスプリンターズSでサクラバクシンオーに届かず2着に敗れ引退。同一年に中距離、マイル、スプリントGⅠ制覇まであと一歩に迫ったそのスピードは、「そよ風」なんてものでなかった。四半世紀以上たった今も「ゼファー魂」は私たちの心に残っている。
冒頭で述べたように、今年はソングラインが安田記念連覇に挑戦する。近年では21年にグランアレグリアがヴィクトリアマイル制覇後に連覇に挑んだ。しかし、結果は2着。ソングラインはウオッカやヤマニンゼファーのように連覇達成できるか。注目して見届けたい。
5連続出場スマイルジャックと三浦皇成騎手
余談だが、記憶に残る1頭と騎手にも触れておきたい。
1986年以降の最高連続出走は5回。その記録を持つのがスマイルジャックだ。
2009年 9着(5番人気・岩田康誠)
2010年 3着(5番人気・三浦皇成)
2011年 3着(3番人気・三浦皇成)
2012年 8着(18番人気・丸山元気)
2013年 15着(18番人気・田辺裕信)
私の中では三浦皇成騎手とのコンビが印象深く主戦騎手のつもりだったが、知らべて見るとJRAの48戦中14戦しかコンビを組んでいないことに驚いた。
確かにクラシックの頃は小牧太騎手だったし、2012年頃からは田辺裕信騎手がよく乗っていた。しかし、スマイルジャックといえば三浦皇成騎手とのコンビが心に残っている。三浦騎手は2008年にデビューすると、わずか5か月で重賞制覇し、騎乗機会8連続連対。それまで武豊騎手が持っていた新人年間最多勝記録の69勝を大きく上回る91勝を挙げた。天才が現れたと競馬界が盛り上がった。
その三浦騎手が初めてGⅠ制覇を意識したのはスマイルジャックではないだろうか。2009年に初めてコンビを組んだ関屋記念でいきなり1着。道中12番手から直線に向くと、上がり3ハロン32.5秒の凄まじい追い込みでごぼう抜き。その後はもどかしいレースが続くも、2010年の第60回安田記念でショウワモダンに0.1秒及ばず惜しい3着だった。翌年は東京新聞杯を制し、マイラーズCで衰えのない末脚を披露して臨んだ第61回安田記念でも、凄まじい末脚で迫りながらリアルインパクト、ストロングリターンに0.1秒及ばず3着。人馬共にGⅠにあと一歩届かなかった。
それからおよそ12年。三浦騎手が未だGⅠ未勝利とは夢にも思わなかった。流した悔し涙は113回。しかし、凄いことはそれだけ大舞台に立ち続けてきていることだ。普通ならばもうチャンスはもらえないかもしれない。それでも三浦騎手は大舞台に立ち続けている。
今年の三浦騎手はウインカーネリアンとのコンビで挑む。同馬はここまで8勝をあげているが、鞍上は全て三浦騎手。コンビ成績は【8-1-0-3】で相性抜群。関屋記念、東京新聞杯を制覇しているのはスマイルジャックと同じだ。川田将雅騎手がハープスターで獲り損ねたオークス制覇をリバティアイランドで取り返したように、三浦騎手も若かりし頃に果たせなかったGⅠ制覇を、ウインカーネリアンと共に達成しても何ら不思議はない。
《ライタープロフィール》
高橋楓
秋田県出身。競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』にてライターデビュー。競馬、ボートレースの記事を中心に執筆している。
《関連記事》
・【安田記念】カギはソダシの位置取り! 切れ味勝負ならソングラインとシュネルマイスター、メイケイエールもチャンスあり
・【鳴尾記念】中心は前走重賞組のフェーングロッテン、カラテ、ソーヴァリアント! マリアエレーナとアドマイヤハダルも魅力あり
・2023年に産駒がデビューする新種牡馬まとめ 日本馬の筆頭・レイデオロは「ディープ牝馬」との配合で期待
おすすめ記事