【AJCC回顧】スタミナ比べで驚異の差しかえし 不良馬場で見えたチャックネイトの底力
勝木淳
ⒸSPAIA
力差が浮き彫りになる不良馬場
二十四節気の大寒から立春まで、一年でもっとも寒いこの季節。関東地方ではしばしば南岸低気圧に襲われる。暖冬ほど発生しやすい南岸低気圧は一発大雪の可能性をはらむ。そのため、AJCCは天候が崩れるイメージがある冬の中山最終週の名物重賞だ。今年も土曜夜から日曜午後まで雨に祟られ、馬場状態は不良。年明けから高速決着が頻発していた中山の芝もさすがに持ちこたえられなかった。2000年以降、不良馬場のAJCCは3回目。ルーラーシップが勝った2012年は2:17.3、アリストテレス勝利の2021年は2:17.9だった。今年の2.16.6は不良でも速い部類に入る。先週までの高速馬場が時計を押し上げてくれたのではないか。
12年は400m通過後から1000m通過まで13秒台を連発し、ペースアップは残り600mから12.1-12.0-12.2と最後まで落ちなかった。上がり勝負とはいえ、これを差し切ったルーラーシップは見事で3カ月後にはクイーンエリザベス2世Cを勝った。不良馬場と急坂が重なってもラップが落ちないのはスローであっても優秀だったといえる。
対して21年は中盤までは決して速くなかったが、残り1000mから12.1-12.0とペースがあがり、最後は13.3を要した。先行勢が馬場を意識し、早めに動いたため、最後は持久力戦になった。12年とは対照的な適性が問われ、勝ったのは菊花賞2着のアリストテレスだった。
対照的なラップを刻んだふたつのレースだが、どちらも1番人気が勝ち、2、3着もほぼ上位人気馬が入った。道悪は荒れるイメージがあるが、底力を問う形にもなりやすく、力の差が浮き彫りになる。そういった意味では、今年も3番人気チャックネイト、2番人気ボッケリーニの“外枠金子真人HD丼”と力差を感じる決着だった。
爆発力を引き出したキング騎手
流れは21年に近かった。最内枠を引いた1番人気マイネルウィルトスは馬場を味方に、終い勝負を嫌うべく、覚悟の逃げを打った。惜敗続きの近況、8歳という年齢を考えれば、ここは大勝負に出るタイミングだ。この逃げによって、レースは後半、予想外に厳しくなった。中盤までは12秒台後半で進んだが、残り1000mから12.2-12.1-12.2-12.5-13.1。不良馬場でこのラップはさぞ厳しく、マイネルウィルトス自身も我慢できなかった。
不良馬場のロングスパートとなれば、力差は歴然とする。好位の外からねじ伏せにいったボッケリーニは実績最上位としての意地があった。ただ、大外進出のダメージが最後の最後、13.1で表出した。いや、残り50mぐらいだろうか。ボッケリーニの脚色が鈍り、チャックネイトの逆転を許した。
差しかえす形になったチャックネイトは重馬場の東京芝2400mを勝ったスタミナ型で、アルゼンチン共和国杯3着の実力馬。2200mは3着以下なしの距離巧者で、好走は上がり34秒台で間に合うレースばかり。チャックネイトが内包するスタミナと勝負強さをレイチェル・キング騎手が引き出した形になった。短期免許で来日する女性外国人騎手としては、JRA平地重賞初制覇だそうだが、あの差しかえしのインパクトは大きい。キング騎手が追うと、馬が最後の最後まで踏ん張ってくれる。これが技術というものだ。キング騎手は道中で動くことが少なく、勝負所とのメリハリを感じる。静から動へ導き、爆発力を引き出す。その腕っぷしと技を今後も味方につけたい。
社台ファーム本年重賞4勝目
金子真人HDは個人名義時代も合わせ、1998年から27年連続JRA重賞勝利を達成した。金子ブランドの特徴は父も母も同じ勝負服で活躍した点にある。ゲームの世界をリアルで体現できる人、誰もが金子氏に憧れる。2着ボッケリーニはそんな金子ブランドの典型だが、チャックネイトはセレクトセール1歳セッションにおいて7200万円(税抜き)で購入した。血統表に金子真人HDの勝負服は見当たらず、兄弟の所有もない。いわば新たな血だ。兄弟唯一の所有馬が重賞を勝ち、その相馬眼の確かさを物語る。
ノーザンファームのイメージが強い同氏、社台ファーム生産馬でのJRA重賞勝利は12年ユニコーンSのストローハット以来2勝目。このコンビは20年2勝、21年6勝、22年12勝、23年10勝と近年上昇中。最多勝がチャックネイトを管理する堀宣行厩舎の29勝で、このトリオは今後も注目だ。社台ファームは年明けから京都金杯、フェアリーS、京成杯に続き早くも重賞4勝目をあげており、逆襲の機運が高まっている。
2着ボッケリーニは負けて強しの内容。必要以上にスタミナを問われたことで、最後にしんどくなった。年齢的に上昇は見込めないものの、力が落ちた気配もない。今後もGⅡレベルまでなら勝負になる。3着クロミナンスはインを立ち回り、最後の直線もインへ。悪い内側を通る形が痛かった。明らかに適性は合っておらず、むしろ重賞レベルにあることを示した。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。新刊『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。
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