【天皇賞(秋)回顧】常に想像を超えるイクイノックスの走り 競馬史に刻まれる1:55.2の衝撃
勝木淳
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想像を超えた競馬
競馬の予想とは、まずどんなレースになるのか想像するところから始まる。戦力を比較し、展開と適性を考え、上位に来る馬を探す。そのなかで、必ずレースのスケール感を事前に思い描く。クラスや相手関係、馬場状態など様々なファクターを重ねるうちに、自然とレースに対するイメージの中でスケールができあがる。
天皇賞(秋)もイクイノックスとドウデュースの末脚はどちらが上なのか。ジャックドールは逃げるのか、プログノーシスはどんな競馬で二強に挑むのか。当日の競馬場でも、午前中から天皇賞(秋)に関する会話があちこちで聞こえてきた。その大半を「どの馬が勝つか」ではなく、「どっちが強いか」という話題が占めていた。最近、少なくなった東西大将格の真っ向勝負。西の大将騎ドウデュースに武豊騎手はその機運をさらに高める。それだけに、アクシデントによる当日騎乗変更は武豊騎手にとって無念だっただろう。8R前に騎乗変更がアナウンスされると、競馬場全体がざわめき、それが8Rスタートまで止まなかった。「どっちが強いのか」という議論が再燃したにちがいない。
そして、レースは我々ファンが思い描くスケールの遥かその先をいった。すごいレースになるという予測はできても、勝ち時計1:55.2、それをイクイノックスが好位から抜け出して完封するとは想像できまい。時計も内容も想像の範疇の外にあった。私は呆然とし、その場をしばし動けなかった。これがイクイノックスならば、もう私の競馬観は追いつかない。
マイル戦のペースで駆け抜けた2000m
2000mを1:55.2で駆けるということは、200m平均11.5のラップを刻んだことになる。もちろん、イクイノックスは終始、先頭を走ったわけでなく、途中まではジャックドールが刻んだものだが、それでも好位から残り400mで先頭に立ち、平均11.5で最後までまとめた。同じ東京の安田記念が200m平均11.4なので、イクイノックスはマイル戦と互角のペースで2000mを走ったことになる。1600m通過1:32.1、そこから先頭に立ち、直前のラップ11.6から11.4に加速したのはどういうことか。苦しくなってもおかしくない流れを受け継ぎ、さらに加速されては後続も追いつけない。
競馬場、距離、展開、競馬のスタイルを一切問わないイクイノックスこそ、理想の走りができるサラブレッドだ。そして、1:55.2というレコードに対し、父キタサンブラックは天皇賞(秋)でもっとも遅い2:08.3を記録したのは興味深い。この血脈の先にはブラックタイドがいる。現役時代の成績も合わせ、底知れなさを感じる。なにせブラックタイドはディープインパクトと同血であり、当然、イクイノックスにもウインドインハーヘアとサンデーサイレンスの血が入っている。かつて「日本近代競馬の結晶」といえばディープインパクトを指したが、イクイノックスもその異名を引き継ぐ存在になった。
ジャックドールの意志
ジャックドールは今年、1000m通過57.7で逃げた。テンの速くない馬であり、昨年は札幌記念を控えて勝ったため、パンサラッサに譲る形になったが、今年は逃げを選択した。それ自体は悪くない。大阪杯とは競馬場も馬場も違うので、数字の比較は難しいが、リズムとしては近いものがあった。だが、ガイアフォースが予想よりも深追いする形になったため、中盤で息を入れる区間を作れなかった。緩めて並ばれては意味がない。逃げに徹するという強い意志はイクイノックスを意識したものであり、この戦い方でよかった。GⅠ馬であり、ノーマークで逃げさせてもらえない存在になったことで、ジレンマも迷いもある。だからこそ、逃げたという事実は大きい。やはり自分でペースをとってこそ強みを生かせる馬だ。
ジャックドールの強い意志とGⅠ馬を楽に行かせまいとするガイアフォースの執拗さが、マイル戦並みのペースをつくった。2000m戦でそんな展開になれば、最後の200mはスタミナを問われる。天皇賞(秋)はそこまでスタミナを問わない舞台だが、今年は例外的な展開になり、スタミナ型に出番が回ってきた。2着ジャスティンパレスはそんなスタミナ勝負に強い。位置取りは本来より後ろだったが、かえって流れを味方につけられる位置でもあった。この2着で中距離への対応に自信を深めており、有馬記念で買いたい一頭だ。自在な立ち回りが身上であり、今年は中山芝2500mで前進がある。
3着プログノーシスもジャスティンパレスと同じような位置でレースを進めた。腹を括って直線勝負にかけたといったところか。小回りを外から動き、ねじ伏せる競馬が得意であり、東京なら今回の形がいい。先行する意識があれば、着順はもっと悪かっただろう。ベストな道を選択できたので、悔いはないのではないか。
2番人気ドウデュースは7着に敗れた。パドックで見た馬体の迫力は素晴らしく、さすがはダービー馬といった印象だった。レースではイクイノックスを目の前に置いてはいたが、さすがに8カ月ぶりでマイル戦並みのスピード競馬に対応するのは難しかったようだ。リズムをつくるのに戸惑ったのはいかにも休み明けといった感じで、次は変わってくるだろう。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。新刊『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。
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