【アイビスSD回顧】オールアットワンスと石川裕紀人騎手が見せた阿吽の呼吸 絶妙のタイミングで抜け出し、2年ぶり2勝目の快挙

勝木淳

2023年アイビスSD、レース結果,ⒸSPAIA

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オールアットワンス、2年ぶりの勝利

5歳オールアットワンスは2年前、アイビスSDを54.2で駆け抜け、重賞タイトルを手にした。16頭立て14番枠、51キロの軽量と味方につけられるものは全て味方につけての勝利だった。デビューから一貫して短距離路線を歩み、3歳夏に重賞タイトルを獲得し、一流スプリンターの道を順調に歩んでいた。

母シュプリームギフトはディープインパクト産駒デビュー第1号としても有名で、現役時代は1200mを中心に活躍し、重賞2着1回、3着2回の成績を残した。母から譲られた短距離適性と父マクフィの持続力を身につけたオールアットワンスだが、連覇を狙った昨年のアイビスSDまでは成績が上がらず、直前の韋駄天Sで6着と掲示板を外していた。また昨年は3番枠と厳しい枠を引いたこともあり、当日は8番人気。このレースでは内側に何頭か集まる形になり、オールアットワンスもそこに加わり、奮闘するも結果は6着に終わった。そこから1年間、脚部不安による休養を余儀なくされた。

そして、迎えた今年のアイビスSDは9番人気。またも同じ3番枠を引いたことも影響したのか、少しオールアットワンスの存在感が消えかけていたのも大きい。毎週のように馬券を買い続ければ、記憶の上書き量は半端ではない。昨年の覇者に対しては連覇の意識を抱くものの、2年前の覇者で前年、連覇に失敗した馬への意識が薄まるのも無理はない。だが、陣営はそうではない。1年ぶりの復帰戦にアイビスSDを選んだのは、オールアットワンスがもっとも輝ける舞台だという信念があったからだ。中舘英二調教師が現役時代、新潟直線1000mであげた25勝はいまも同コースの最多勝タイ記録。このコースをよく知る中舘調教師と急遽の乗り替わりにより、2年前を知る石川裕紀人騎手との再タッグが実現し、条件がそろった。

目の前にいた2着トキメキ

残る最後の難題は昨年と同じ3番枠だった。またも内を真っ直ぐ進むのか、ロスを覚悟で外へ寄せるのか。石川騎手は昨年の結果を踏まえて違う作戦を選んだ。2年前は斤量とスピードを活かした競馬だったが、今回は馬のリズム重視で無理をさせず、行きたい馬たちをやり過ごしたタイミングで一気に外へ行き、馬群の後ろから進める。スペースがあれば外へという意志を通し、3番枠から早々に外ラチから2頭目を確保した。

当然、目の前は馬の壁が立ちはだかり、進路がない。だが、目の前には2年前、自分が勝ったレースで4着だったトキメキがいた。前走韋駄天S3着とまだまだ元気な直線巧者のお姉さんだ。トキメキが抜ければ、そこに進路ができる。オールアットワンスはわずかに左右に動くトキメキの挙動に合わせて、ここしかないというタイミングでその内に進路を見出した。本馬と石川騎手の阿吽の呼吸が1年ぶりの出走で2年ぶりの勝利をたぐり寄せた。

母シュプリームギフトはファンの前に最初に姿を見せたディープインパクト産駒。この日はディープインパクトの命日であり、産駒の活躍に注目が集まっていたが、ちょっとひねったディープの粋な演出だったかもしれない。

リーベストラウムとニホンピロウイナー

2着トキメキは2年前4着、昨年11着とこちらも着順を下げていたが、韋駄天S3着は反転攻勢の合図だったのか。2年前が54.9で、今回は55.1なので、走って不思議はないものの、やはり2年経って、6歳で着順をあげてくるのは容易ではない。ここ最近、カヨウネンカ、エンライトメントと立て続けに勝利したリーベストラウム牝系は、ミルファームの幹となる血統。トキメキやカヨウネンカなど牝馬の活躍は、その太さを一段と成長させていく。

ヴァンセンヌ産駒のロードベイリーフが12番人気ながら3着に飛び込んだ。こちらは昨年54.6で3着に突っ込んできたリピーターだった。今回も上がり最速32.2を記録しており、直線巧者の差し馬だ。ヴァンセンヌ産駒はこれまでJRAで39勝をあげたが、最多は小倉8勝で、次位が新潟7勝。このふたつの競馬場だけが勝率10%を超えている。5勝がダートで芝2勝はすべて内回りなので、極端な緩急は得意ではなさそうだが、平坦で一定のスピードを試される舞台は得意だ。

ヴァンセンヌは父ディープインパクト、母フラワーパークという血統で、父母の血がバランスよくマッチしたのか、それともその奥にある名マイラーのニホンピロウイナーの血なのか、直線が長いマイル前後で活躍した。ニホンピロウイナーは東京や阪神でも走ったが、平坦だった中京や京都の印象も強く、ヴァンセンヌ産駒が平坦に強いのはそんな影響があるかもしれない。


2023年アイビスSD、レース回顧,ⒸSPAIA


ライタープロフィール 勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。新刊『ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児』(星海社新書)に寄稿。

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