【ジャパンC回顧】今世紀の名勝負がここに! イクイノックスが規格外の走りで挑戦者たちを退ける
勝木淳
ⒸSPAIA
戦前から話題尽きず
野球やプロレスといった昭和を彩った娯楽には「名勝負数え唄」なる言葉がある。その時代ごとに強烈な印象を残し、いつまでも語り継がれる名勝負を示す言葉だ。イクイノックスの昨秋からジャパンCまではまさに「名勝負数え唄」。特に今回のジャパンCは競馬史に残る名勝負といっていい。それはイクイノックスが4馬身差圧勝だったからではない。競馬そのものが素晴らしかった。こうも手放しで絶賛できる競馬にはそうは出会えない。
当初は10頭を下回る想定だったが、ふたを開けてみれば登録馬は20頭をこえ、最終的にフルゲート18頭になった。兵庫からチェスナットコート、クリノメガミエースが挑戦し、フランスからイレジンがやってきた。ジャパンC出走のチャンスは多くなく、世界ナンバー1と同じレースを走れる機会もそうはない。出られるなら、出たい。そう考えるのは当然のことだ。もちろん、最高峰の競馬はその分、過酷でダメージの心配もある。それを差し引いても出走させたい。その気持ちを尊重できない声があったのは残念でならない。外ラチの内側にいるホースマンたちが懸命に励む一方で、ファンの競馬観の低下を嘆きたくなった。想像力を働かせ、真意を考える努力を怠らないでいただきたい。
注目は牝馬三冠リバティアイランドがイクイノックスに勝てるか否か。斤量差は4キロ。その差さえあれば、勝ち負けまで持ち込めるのでは。やってみなければ分からないことを想像する時間は実に有意義で、これこそ競馬の醍醐味だ。結果的には4馬身差でイクイノックスが勝利。ただリバティアイランドはまだまだ伸びしろたっぷりだ。ドウデュースは武豊騎手が復帰できず、引き続き戸崎圭太騎手が手綱をとった。2度目なら今度は変わる。なにせ、この舞台でイクイノックスに勝っている。確かに期待はあった。
打倒イクイノックスの決意
そして、展開のカギを握ったパンサラッサとタイトルホルダー。スローからのロングスパート、最後は瞬発力勝負が定番のジャパンCだが、今年はそうはいかない。パンサラッサは昨年の天皇賞(秋)で見せた大逃げやサウジCの記憶が鮮明にある。相手は世界ナンバー1であり、生半可な逃げは打たない。実際、パンサラッサは逃げ、1000m通過は57.6。トラッキングシステムをみると、向正面の直線部分に入り、時速65キロまで速度を上げた。当然、大逃げになる。さすがのタイトルホルダーも付き合いきれない。
そのタイトルホルダーもパンサラッサを利用して、スタミナ勝負に持ち込めば勝機はあった。だが、またもイクイノックスが3番手にいた。天皇賞(秋)と同じく、もう位置取りに苦労はない。慎重に乗る必要もない。C.ルメール騎手は自信に満ちていた。その背後にリバティアイランド。打倒イクイノックス筆頭格として、位置取りはここしかなかった。ついて行けば、道は開ける。離れていなければ、並ぶチャンスはある。
リバティアイランドの外に牝馬二冠スターズオンアースがつける。アクシデントで出走が延びたが、昨年の牝馬クラシック戦線の主役も黙っていない。リバティアイランドには譲らない構えをみせた。2頭の女王の後ろでドウデュースが流れに乗る。有力馬たちが好位に並び、どの馬も勝ちにいっていた。これが素晴らしい。各陣営各馬、勝利に向かって一心不乱に手を伸ばした。競馬にそれが表現されていた。だから美しい。
しかし、美しさの裏には過酷さもある。レースラップを見ると600m通過後から1200mまで11.0-11.1-11.5。パンサラッサは2400m戦の中盤で33.6を記録していた。大逃げなので後ろのペースは速くはないが、タイトルホルダー以下はパンサラッサをつかまえないと勝てない。いつか下がってくると思ってしまえば、逃げ馬の思う壺だ。だが、勝ちにきた好位勢がそう考えるわけもなく、3、4コーナーでパンサラッサがペースを落とし惑わしにきても、タイトルホルダーはきっちりその差を詰めに行った。
残り600mは12.4-12.4-11.7。パンサラッサが引っ張っていた時点では我慢比べだったが、先頭がイクイノックスにかわった残り200mは加速した。これにはもう声も出ない。東京2400mの真っ向勝負で、最後に加速してしまうとは信じられない。イクイノックスはやはり常識の外にいる。
レースのどの部分を見ても、面白い。そんなレースに出会ったことを幸せに思う。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。新刊『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。
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