【阪神牝馬S回顧】末脚の破壊力増すマスクトディーヴァ 強気な立ち回りでマイル女王へ好発進
勝木淳
淑女は騒がない
桜花賞はキャリアが浅く、まだ距離適性をつかめていない上に最大目標のクラシックとあってスピード型の馬が挑戦することでペースが厳しくなることがある。極限に仕上げられた状態は暴走するリスクと紙一重。多頭数でエキサイトし、上げたくなくてもペースアップする。魔の桜花賞ペースはコース改修によって消えていったが、魔物はまだ阪神芝外回りに棲みつく。一方、これが古馬になるとまるで状況が変わる。同週の阪神牝馬Sと桜花賞の関係は正反対といっていい。
古馬はある程度、距離適性を陣営がつかんでおり、そもそも阪神牝馬Sは前哨戦であって出なくてはいけないレースでもない。今年も11頭立て。マイル戦になった2016年以降、フルゲートになったことはない。頭数が少なく、経験豊富な淑女たちの集いとあってはみんな前半は折り合って静かに進む。騒がしい時代は月日とともに彼方へ過ぎ去っていく。逆を言えば、騒げるときには騒いでおこう。もちろん、いつ騒いだっていい。
今年の阪神牝馬Sは前半800m47.4だった。そもそもこのレースの前半800mが47秒未満だったのは16年以降、2回にとどまる。18年ミスパンテールが逃げ切った年など、前後半800m49.1-45.7と、いくらなんでもお淑やかすぎた。今年も定番のスローペースになり、道中の通過順も直線までほぼ変わらず。みんな最後の直線に賭けた。もちろん、それを裏づける瞬発力を繰り出せるなら構わないが、はたして全馬そのタイプだったのか。もちろん、それを嫌い先行策に出た馬もいた。だが、結果的にはスローの瞬発力勝負になった。まるで金縛りに遭ったかのようだった。やはり阪神外回りには魔物がいるか。
GⅠでも強気に出られるか
後半800mは12.1-11.3-10.8-11.4で45.6。前後半の差1秒8と落差の大きな競馬になった。直線に向き、坂下残り200m標識までは10.8と速く、これを楽々抜け出したのがマスクトディーヴァだ。昨年のローズS(阪神芝外回り1800m)では1:43.0とレコードを叩き出した。その後半600mは11.2-11.0-11.8だから、確実に末脚の破壊力が増した。モレイラ騎手が手綱を落とす場面があっても完勝。いよいよGⅠに手をかけたといっていい。
昨年の秋華賞は内回りと2000mという距離、そしてリバティアイランドが壁になった印象だが、次の目標は東京のマイル戦なので本領発揮だろう。おそらく東京新聞杯6着から左回りを不安視されるかもしれないが、はたしてそれが死角となるだろうか。今回繰り出した33.0の末脚をみる限り、そうは思えない。ただ、スローペースに強く、ある程度流れると最後に使える脚が長続きしない可能性はありそうだ。
強気に出なかった東京新聞杯は休み明けで目標が先だったからか。あるいは速い流れだと後ろで溜めざるを得なかったのか。流れに関係なく、今回のように強気な立ち回りで挑めれば女王の座は目の前だ。
モリアーナの悩ましい現状
2着ウンブライルが同じく東京新聞杯で9着に負けたことも興味深い。こちらも反転したのは前走が目標から遠かったからか、それともスローになって変わり身をみせたのか。牝馬にはスローの瞬発力勝負なら強いといったタイプは多い。そこに持続力が加わるのかどうか。成長力にかかっている。
ウンブライルはNHKマイルCではタイム差なしの2着なので、持続力勝負でもと思わせる。しかし、あのレースでは4コーナー16番手と直線まで脚を使わせなかった手順が功を奏した。こちらもGⅠで今回ぐらいの中団後ろから鋭く伸びるかどうか。とはいえ、ヴィクトリアマイルはそう厳しい流れになるレースではないので、1、2着馬がみせた瞬発力は威力を発揮しそうでもある。過度な裏読みもよくない。
3着モリアーナは大阪杯除外によりマイル戦に矛先を変え、ある程度の結果を残した。紫苑S勝ち、AJCC4着の中距離型だけに大阪杯には出走してほしかった。そんなモリアーナの好走もスローペースだからこそ。基本的にはマイル戦では流れに乗れず、脚を溜められないケースが多い。だが、追走が楽なスローなら脚を溜めることも可能になる。
相手関係をよく考えた上での参戦で、やはり状態面もあと押ししたようだ。収得賞金が足りずGⅠに出られない現状を打ち破るためにも、どこか適鞍で賞金を上積みしたいところ。中山は得意だが秋まで開催がなく、その点も悩ましい。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。新刊『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。
《関連記事》
・【皐月賞】前走ホープフルS勝ち馬は文句なしの主役 レガレイラが76年ぶりの快挙へ視界良好
・【アンタレスS】複勝率66.7%の名古屋城S組 テーオードレフォンはデータ、展開ともに向く
・【皐月賞】過去10年のレース結果一覧
おすすめ記事