【札幌記念】パンサラッサがいたからできたジャックドールの好位差し 秋の名勝負を予感させる両馬の存在

勝木淳

2022年札幌記念回顧,ⒸSPAIA

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競馬では不思議なことが起きる

札幌記念当週の17日、伊藤雄二元調教師が亡くなった。かつて鶴木遵氏が調教師時代の伊藤雄二氏に丹念に取材、その競馬観に迫ったノンフィクションを愛読していた身としては、伊藤雄二元調教師が涼しく調整しやすい札幌、かつ天皇賞(秋)など秋の中距離戦線に向けてほどよい間隔をとれる札幌記念のGⅠ昇格を望んでいたことを思い出す。97、98年エアグルーヴ連覇、04年ファインモーションと札幌記念に縁深かった伊藤雄二氏が札幌記念の週にこの世を去るとは不思議なもの。その競馬観に夢中になった一人として心よりご冥福をお祈りしたい。

競馬にはなんとも言えない不思議があふれている。札幌記念を勝ったジャックドールを管理する藤岡健一調教師はかつて伊藤雄二厩舎で調教助手をしていた愛弟子のひとり。北九州記念をボンボヤージで勝った梅田智之調教師は伊藤雄二厩舎を引き継ぐ形で開業、現在も伊藤雄二厩舎のスタッフが所属している。この日の重賞はどちらも伊藤雄二氏と縁のあるホースマンたちが勝利を飾った。競馬ではなんともいえない不思議な現象が起こる。これもまた競馬の魅力のひとつだろう。

幅が広がるジャックドールの脚質転換

ジャックドールにとって札幌記念は未来に向けて非常に意義深い競馬になった。昨年9月再出発から5連勝で金鯱賞制覇。すべて左回りの芝2000m、休み明け2戦目からはすべて逃げ切り勝ち。間隔を十分とり、ジャックドールが持ち味をもっとも活かせる条件を選び、それを存分に発揮できる競馬をしていた。5連勝は陣営の創意工夫によるところが大きく、いかにして効率よく、馬にダメージを与えずに勝利を重ねられるか、そこに伊藤雄二イズムを感じる。その後は久々の右回り、かつ内回りの大阪杯5着。壁にはね返された。

仕切り直しの一戦となった札幌記念は序盤600mを33秒台で入って後続を封じるパンサラッサが相手。当然ながら陣営もその対策を施した。つまりは控える作戦に向けて準備していた。右回り、逃げない競馬。ジャックドールはこれら課題を一発でクリアし、札幌記念を制覇した。

目標にされる競馬から目標にする競馬に。文字で書けばそれまでだが、そう簡単なものではない。脚質転換の苦労は我々ファンも知っての通り。馬はそんな作戦を理解できない。何度も繰り返して教え込むのが常。だからジャックドールの一発回答は非常に意義深く、これで相手次第で競馬を変えられ、選択肢が広がった。今週この世を去ったタイキシャトルのような好位から攻める競馬は展開不問で崩れにくい。春にはね返されたGⅠへのリベンジに向けて下準備は整った。父モーリスが無双モードに突入したのは4歳秋から。ジャックドールの本当の意味での本格化はここからではないか。

スタミナを問われたソダシ

2着は逃げたパンサラッサ。発馬直後に隣の馬と接触する場面があり、いつもよりダッシュがつくまでに時間を要し、序盤600m35.5は今の戦法になったなかではドバイを除き、オクトーバーSに次ぐ遅さ。序盤で脚を使ったのは痛かった。しかし、同厩舎のユニコーンライオンがダッシュを効かせ、パンサラッサを待つ形を作り、ジャックドール、ソダシのライバル先行勢に番手を与えず、終始けん制する展開に持ちこんだ。先手を奪うまで脚を使ったことと、そういった形になったことから吉田豊騎手は冷静にパンサラッサとしては遅めの流れを演出。さすがにベテラン、リカバリーが上手い。

とはいえ、良馬場ながら雨の影響で重くなった洋芝で1000m通過59.5は厳しく、今回も後ろの脚を削った。パンサラッサの持ち味はここにある。よほどスタミナがなければ、パンサラッサは捕まえられない。今日は控えて差してきたジャックドールを称えたい。後半600m12.4-12.6-12.7。バテて不思議ないラップを踏ん張るというパンサラッサらしさはここでも発揮、秋も目が離せない。

3着ウインマリリンは3番手から流れ込んだ形だが、7着だったあの宝塚記念でも最後の直線で一旦伸びかかったように、牡馬にも劣らぬスタミナをここでも見せた。パンサラッサが作る流れで好位から粘れる馬は強い。忘れないでおきたい。

1番人気でエアグルーヴ以来の連覇を狙ったソダシは5着。おもえば昨年の札幌記念は馬場状態がよく、前後半1000m59.9-59.6、上がり35.4、1.59.5とスピード優先。今年の2.01.2、上がり37.7はスタミナ優先でソダシには合わなかった。単に適性の差が出たもので、それでも5着と掲示板は確保、スピード優先の舞台設定になれば巻き返す。


2022年札幌記念回顧展開,ⒸSPAIA


ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。共著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ全4作(星海社新書)。

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