史上3頭目”無敗の三冠馬”コントレイル 決して消えることのない、心に描かれた飛行機雲
三木俊幸
ⒸSPAIA(撮影:三木俊幸)
1:44.5のレコード
雲一つない快晴の東京競馬場に描かれた鮮やかで美しい飛行機雲──。1万人足らずではあったが、ラストランとなったジャパンCに運よく入場できた観客の前に、引き上げてきた主戦の福永祐一騎手は込み上げてくる感情を抑えることはできず。何度見ても心を揺さぶられる、競馬史に残るシーンだと言ってもいいだろう。
11戦8勝という成績でターフに別れを告げたコントレイル。デビュー戦はまだコロナウイルスという見えない恐怖が迫っていることを誰も知る由のない、2019年9月15日の阪神競馬場、芝1800m戦だった。
好スタートを決めると好位からレースを進め、最後は軽く仕掛けられただけでほぼ持ったままで楽勝。2戦目として選ばれたのは出世レースの東京スポーツ杯2歳S。福永騎手は前週に騎乗停止処分を受けたため、短期免許で来日していたムーア騎手とのコンビで挑んだ。
道中は5番手追走、直線ではレース直前の輪乗りで落馬して左肩を痛めていたとは思えないほどのムーア騎手のアクションとともに、グングンと後続を突き放して5馬身差の快勝。当時ゴール前のプレスエリアから「強いな」と思いながら撮影していたが、1:44.5のレコードと表示されると驚きを隠せなかったのを記憶している。
続くホープフルSでは再び福永騎手とのコンビに戻り、最後は後続に1馬身半差をつけて楽勝。クラシックでその姿を見られるのが楽しみと当時は誰もが思っていたに違いない。
無観客競馬の日本ダービー
しかし、年が明けてコロナウイルスが世界を、そして競馬ファンを絶望へと突き落とす。春の皐月賞、日本ダービーは無観客開催で、観客はもちろん、報道陣でさえ取材することが許されなかった。
そんな状況下で行われた皐月賞。好スタートを切ったが、前日まで降り続いた雨の影響が残る稍重馬場を気にしてか、道中は12番手からのレース。さすがに1枠1番でこの競馬では厳しいかとも思ったが、福永騎手はコントレイルを信じて大外を回す。ロスなく立ち回ったサリオスと対照的な騎乗で最後は一騎打ちとなったが、半馬身振り切って皐月賞馬に輝いた。
続く日本ダービーは単勝1.4倍という断然の支持を集めた。この日は前走とは違い好位からの競馬。インでじっと脚を溜め、持ったままで直線へ。馬場のいい外へと持ち出し、そこへライバルのサリオスが迫るが、最後は3馬身突き放す横綱相撲だった。
通常であれば数万人の歓声がコントレイルと福永騎手を祝福するはずだが、無観客で静まり返ったスタンド。引き上げる際、福永騎手はテレビの向こう側にいる大勢の競馬ファンへ向けて、ヘルメットを脱いで一礼。象徴的な場面として今後も語り継がれるだろう。
夏休みを挟んで、神戸新聞杯を楽勝。限定的ながら再び観客の前で父ディープインパクト以来となる無敗の三冠へと挑むのであった。中団からレースを進め、手応えよく直線に向いたが、名手ルメール騎手が楽なレースにはさせてくれずアリストテレスとの壮絶な追い比べが続く。
最終的にクビ差先着できたものの、このレースがコントレイル自身にとって、そして陣営にとっても一番苦しい勝利となった。
勝てない苦しい時間
競馬史に新たに名前を刻んだコントレイル。次走に選ばれたのはジャパンC。2018年の三冠牝馬アーモンドアイ、そして同世代で無敗での三冠牝馬に輝いたデアリングタクトとの、史上初、そしてこの3頭による最後の三冠馬対決だった。結果は2着。もちろんアーモンドアイが強すぎるということもあったが、1.1/4馬身届かず。菊花賞のダメージは想像以上に大きかったのか──。
年が明けて4歳初戦となった大阪杯はタフな重馬場で、勝ち馬からは4.3/4馬身離された3着。疲れが抜けきれず、宝塚記念はスキップし、天皇賞(秋)に照準が定められた。同時に、ジャパンCを含めた残り2戦で引退、種牡馬入りするというニュースが駆け巡った。
現役最強マイラー・グランアレグリア、皐月賞馬で日本ダービーはハナ差の2着だった3歳世代トップクラスのエフフォーリア、この両馬との三つ巴となった天皇賞(秋)は、上がり最速の33.0を使って伸びるも2着。苦しい時間が続く。
涙のラストラン
それでも三冠馬の意地とプライドをかけたラストランのジャパンCは、それまでのモヤモヤを払拭する素晴らしい走りを披露した。引き上げてきた直後の福永騎手はゴーグルをつけたままだったが、涙を堪えきれていないのは誰が見ても明らか。プレッシャーから解放された安堵感、再び強いコントレイルを見せられたという嬉しさ、ともに歩んだ2年余りの時間が脳裏を駆け巡ったに違いない。
スタンド前に戻ってくると、コントレイルのもとに駆けつけた金羅隆助手。金羅助手は福永騎手に頭をポンポンと叩かれると涙が溢れ、2人で男泣き。撮影した写真を見返すと、コントレイルの目に光るものがあったようにも写っていた。そしてあの時できなかった、ファンの前で一礼を再び。今度は直接思いを伝えることができた。
有終の美から数日後、コントレイルは後世にその血を残すという仕事を果たすため、栗東・矢作芳人厩舎から北海道へと旅立った。
もう全力でターフを駆け抜けるシーンを見ることはないが、ふとした日常で空を見上げた時、私たちは感動的なラストランのことを思い出すのだろう。いつまでも決して忘れることはない、心に描かれた飛行機雲を。
ライタープロフィール
三木俊幸
編集者として競馬に携わった後、フリーランスとなる。現在はカメラマンとしてJRAや地方競馬など国内外の競馬場を飛び回りつつ、ライターとして記事を執筆している。
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