【紫苑S回顧】衝撃の「1分56秒6」レコードV クリスマスパレードが示した“時計以上”の価値

勝木 淳

2024年紫苑ステークス、レース結果,ⒸSPAIA

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上がりが速い秋の中山

2024年9月8日に中山競馬場で開催された紫苑Sは、この時期特有の上がりが速い高速馬場を味方につけたクリスマスパレードがレコードV。ラスト一冠への出走権を手にした。

この日の朝に発表された中山芝クッション値は10.4。これは今年3月23日3回中山初日と同じ。最近では1回中山、冬特有の乾燥した馬場と同程度の値だった。

この時点で速い時計が出る予測は立てられたが、7R3歳以上1勝クラス芝2000m1:57.6(前後半1000m58.0-59.6)、10R汐留特別(3歳以上2勝クラス)芝1200m1:06.8(ロードカナロアのレコードに0秒1差)と想像を越える速い時計が頻発した。

7RはC.ルメール騎手のパルティキュリエが飛ばし、1勝クラスとしては少し速いペースになったものの、それでも上がり600mは35.3。汐留特別も上がりは33.4。秋の中山は単に速いというより、上がりが速い。これは前半で馬に負担がかからず、最後まで消耗せずに走りきれるから。こうなれば中山名物の急坂もスタミナを擦り減らせない。

ひと口に時計が速いといっても、色々ある。上がりが速く、全体時計が押し上げられるパターンは東京や新潟など広いコースでみられる現象であり、直線が長くない中山で起きれば、もう後ろから行く馬にはたまったものじゃない。特に内回り特有の急角度の3~4コーナーで押し上げられないとほぼ勝負は決してしまう。なにせ前は急坂で末脚を削られない。滅多にない秋特有の高速馬場。紫苑Sはそんな状況で行われた。

GⅡ格上げ2年目になる秋華賞最有力トライアルは、格上げ前年こそスタニングローズが秋華賞を勝ったが、昨年は勝ったモリアーナの5着が最高。格上げ前は本番好走馬を多く輩出し、格上げ後にはその流れが止まる。これも格付あるあるだ。

さらに、今年のメンバーのオークス最高着順はホーエリートの10着。GⅡとしては少し寂しい。だが、終わってみれば勝ち時計はジャスティンミラノの1:57.1を0秒5更新するコースレコード1:56.6。時計のインパクトは大きく、おそらく秋華賞でハイレベルと喧伝されるだろう。

しかし、春の連続開催最終週のジャスティンミラノと秋の高速馬場初日を同列に並べるのはナンセンス。1:56.6だけではレベルは決して計れない。とはいえ、高速馬場だっただけでレベルが低いとも考えない。


クリスマスパレードの価値

まず、これだけのレコードが刻まれながら、後半600mは34.0と速い。1986年以降、中山芝2000mで34.0以下だったのは今回で4回目。すべて9月に記録されている。

紫苑Sでは、パッシングスルーが勝った2019年とタイ記録。19年の決着時計は1:58.3で、前後半1000m60.5-57.8のスローによる影響が大きかった。

たいして、今年は前後半1000m58.8-57.8。7Rの58.0よりは遅く、決して速い流れとはいえないものの、19年ほど前半、中盤で楽をしていない。

さらにレース後半1000mのラップは11.9-11.9-11.6-11.4-11.0と残り800mからゴールまで鮮やかに加速ラップを描いた。これも東京の新馬などではみかけるが、急坂が阻む中山では珍しい。

馬場のアシストも加味しないといけないが、このラップを2番手から抜け出し、ミアネーロの決め手を封じたクリスマスパレードは権利獲得とともに価値ある1勝を手にした。春はあと一歩でクラシック出走を逃しただけに、最後の一冠への道が開けたのはうれしい限りだろう。秋はこんなドラマが多い。


成長力を約束された血統

厳しい残暑に「クリスマスパレード」も不釣り合いだが、馬名由来はちょっと洒落ている。母ミスエリカからの連想だという。

ちょっとピンとこないが、クリスマスパレードは南アフリカ原産のツツジ科に属する半耐寒性常緑低木。正式にはエリカ・クリスマスパレード。ジングルベルを連想させるわけではなく、あくまで母からの連想。年末のお祭りとは関わりない。

母は米国産ブレイム産駒。クリスエスの血を引くロベルト系だ。父キタサンブラックは自身もセントライト記念から菊花賞と3歳秋に大成し、代表産駒イクイノックスも同じ時期に秘める能力を解き放った。

キタサンブラックにロベルトとくれば、成長力。クリスマスパレードもこの勝利を合図に飛躍を遂げてほしい。紫苑Sはその可能性を感じるに足りるレースだった。

2着ミアネーロはすでに重賞タイトルを手にしており、ここは休み明けなりに走った。

道中は枠順なりにインに潜み、最後の直線で外へ。手順はフラワーCと同じだったが、今回は外に出すのに手間取った。最後の脚は際立っており、上がり600mは33.0。末脚をみる限り、春とはイメージを一新した印象がある。元来、俊敏性があり、立ち回りが上手く、内回り向きだ。

3着ボンドガールは後方集団の後ろから最後は外へ。正直、この競馬で勝つには難しい馬場だったが、それでもそうせざるを得なかったのは、やはり距離だろう。2000mをこなすなら、後ろで溜めるしかない。内回りで追い込みを決めるには前半の流れなど手助けがいる。

なお、重賞昇格後の紫苑Sで今回馬体減は【0-0-1-26】。ボンドガールの3着は2回目であり、馬体を減らしながらも3着まできたのは能力の証だ。距離の縛りがなくなったとき、ワンランク上のパフォーマンスを発揮するのではないか。


2024年紫苑S、レース回顧,ⒸSPAIA


ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。

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