【天皇賞(秋)】真の力を見せたイクイノックス、名勝負を演出したパンサラッサ 最高峰にふさわしい名勝負に酔う

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心身のバランスが整ったイクイノックス
イクイノックスがキャリア5戦で古馬GⅠ制覇を遂げた。なんといっても2戦目の東京スポーツ杯2歳Sが凄かった。アルナシームが途中から先頭に立ち、後半1000mはすべて11秒台が並び、57.6。残り400mは11.9-11.4。この流れをイクイノックスは最後に加速ラップで差し切り勝ち。ラスト600m32.9は衝撃的。この時点でみんな来年のクラシックはイクイノックスだと確信した。だが、皐月賞も日本ダービーも18番枠が当たり、それぞれ0.1、0.0差で2着。無冠に終わった。競馬は本当に難しく、安易に描いたシナリオほど簡単に崩壊する。
「こんなはずじゃない」。ファンもそれを信じたから、天皇賞(秋)では一つ年上のダービー馬シャフリヤールらを差し置いて1番人気に支持した。3歳の天皇賞(秋)制覇はエフフォーリアに続く2年連続だが、3歳馬が出走可能になった87年以降ではバブルガムフェロー、シンボリクリスエスと3頭しかいなかった。簡単な記録ではないにもかかわらず、1番人気。その信じる力は素晴らしい。
ファン以上に「こんなはずじゃない」と思い続けたのが陣営だった。心身のバランスがまだかみ合わない春は調整が難しかった。速い調教をやろうとすれば、馬はスイッチが入るが、体が追いついていかない。心身のバランスを維持するのは人間でさえ苦労するもの。馬に話したところで理解できない。でも諦めるわけにはいかない。この春の経験があったからこそ、天皇賞(秋)がある。あの破壊力ある末脚はイクイノックスが心身のバランスを整えた証拠。父キタサンブラックも3歳秋から一段ギアを上げた。父は4歳以降GⅠ6勝。来年こそイクイノックスの時代が来る。
パンサラッサに感じる希望
レースは前後半1000m57.4-1.00.1、1.57.5。気分のいい秋空、絶好の馬場がアシストしたとはいえ、古馬中距離最高峰にふさわしい内容の濃い競馬だった。演出したのはパンサラッサだ。昨秋オクトーバーSで突如、大逃げを決めたレースは鮮明に記憶している。前年のオクトーバーSも逃げて2着だったが、それは引きつける形。大逃げのスタイルを確立させた21年オクトーバーSは、パンサラッサのあと一歩足りないところを見事に埋めた。そこから半年かからずにドバイターフ制覇。矢作厩舎の厩舎力をあらわすエピソードであり、馬はきっかけひとつで大化けすることを示した。パンサラッサのように逃げへ活路を見出し、一変する馬はまだまだいるのではないか。これはひとつの希望だ。
大逃げを確立させてからのパンサラッサは名勝負製造機。今年は宝塚記念とこの天皇賞(秋)がそれにあたる。今回も序盤こそじわりと先頭に立ち、後ろを引きつけながらも、後続が抑えにかかる中盤に入る付近でもラップを落とさない。前半1000m12.6-10.9-11.2-11.3-11.4。スピードに乗ったらそれを落とさない。この強気がパンサラッサ最大の武器だ。後半1000mは11.6-11.8-11.6-12.4-12.7。4コーナーまでに離せるだけ突き放し、最後の直線は後ろとの差を目一杯使い切って、しのぎにかかる。
舞台が舞台だけにサイレンススズカに重ねる見方もあるが、個人的にはそれとこれとは別。似たスタイルではあるが、タイプは違うように感じる。パンサラッサは最後に粘りを発揮できるかが勝負。今回も残り200mは一杯だったが、それでも粘ろうとしていた。ゴール前、イクイノックスにしか交わされなかったのは、前半のリードと最後の粘りがあったからだろう。勝ったイクイノックスの上がり600mは32.7、パンサラッサは36.8。その差はなんと4.1。いかにそれぞれが自身の武器を最大限に生かしたかが分かる。双方の潔さが心地よい。
パンサラッサの逃げの特徴は、前半、後ろの脚を削りにかかる。この逃げに対抗するにはそれでも脚を溜められるスピードの持続力が必要になる。なおかつ、溜めた末脚を瞬時に全開にしないと届かない。イクイノックスとて、加速がスムーズにいかなければ、届かなかった。つまり、今回のような競馬で最後、上位に顔を出すには優れたバランスという総合力がなければいけない。パンサラッサ以外で掲示板にきたのは1~4番人気。展開が合致する、もしくは展開のあやといったものは存在しない。真に底力がないと上位に来られないレースを作る。パンサラッサが名勝負製造機である最大の理由はここにある。5着以内はみんな次も楽しめる。パンサラッサのおかげで息をのむ緊張感あふれるレースを目撃できた。感謝したい。
3着ダノンベルーガは最後の直線で内に行かざるを得なかった。伸び脚は目立っており、こちらも東京コースならもっとやれていい。4着ジャックドールはパンサラッサがいたことで、ここ2戦うまく脚質転換に成功した。この形も悪くはないが、ほかのペースに合わせるより、自分本位の競馬で力を出すタイプのようにもみえる。パンサラッサ不在のレースでどうするか、興味がある。5着シャフリヤールは上がりを要する流れで弾けなかった。ダービーのような瞬発力勝負で切れ味を活かしたいところ。このレースを経験して、どう変わるか。楽しみだ。

ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。新刊『テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち』(星海社新書)に寄稿。
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