【チャンピオンズC回顧】レモンポップを連覇に導いた“人馬の絆” 種牡馬としても可能性は無限大
勝木淳
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田中博康厩舎の流儀
レモンポップをはじめて生で目にしたのは2021年12月12日、阪神の夙川特別だった。阪神JFの取材で検量室前にいて、レース後のレモンポップを間近でみた。このとき2着に敗れはしたものの、3歳とは思えぬお尻の大きさにスケール感を覚えた。
レモンポップが右回りに出走したのは夙川特別が最後。この徹底したレース選択と、詰めて使わない姿勢が田中博康厩舎の流儀。それを広めたのもレモンポップであり、田中博康厩舎の土台を築いた一頭だ。
東京ダート1400mにこだわり、勝ち星を重ね、2歳時以来のマイル出走は4歳秋の武蔵野S。若い頃には決してイヤな経験をさせない。慣れたコースに繰り返し出走させることで、馬の気持ちをポジティブなまま出世させた。
もちろん、あちこちの競馬場や距離を試し、経験値を高めるのも逞しくなる道筋だが、いずれにしても若駒は前向きさを失わずに育ってほしい。少しずつ出走条件に変化を加え、着実に成績を重ねていった。
5歳フェブラリーSは、その積み重ねの先にある大きなタイトルでもある。夙川特別で感じた才能が一気に開花。個人的にもっとも完成の域にあることを感じたのは、昨年のチャンピオンズC。絶妙なさじ加減で距離をごまかすテクニックを手にし、距離延長でも結果を出した。
ラップ比較にみるライバルたちのプレッシャー
今年も国内では無敗を継続。変わらない力を発揮してきたが、引退レースは確かにこれが最後であることを納得できる辛勝でもあった。若駒から蓄え続けた力と素質があったからこそ、最後は勝てた。そんなレースだ。
ラスト200mは12.7。昨年も12.6と似たようなラップだが、昨年は12.6-12.1から12.6。今年は12.2-12.0-12.7であり、マークされる立場ゆえに先に仕掛けていかざるを得なかった。
最後の失速は昨年とはまるで違う。王座防衛のために必要な勝負を仕掛けたため、ウィルソンテソーロとの着差は1馬身1/4からハナまで詰められた。
だが、それでも負けない。最後の最後、鬼気迫る脚で猛追するウィルソンテソーロを感じるや否や、レモンポップはもう1回、力を振り絞った。もっとも苦しいときに湧き出る力、これが底力であり、王者だけが纏う誇りだと知った。
理屈ではわかるが、相手は競走馬であり、そこで頑張れと命じたところで、理解できるとは思えない。だが、それができる。坂井瑠星騎手の叱咤に応えた場面に人馬の絆を感じた。
昨年は大外枠、今年は白帽子と同じコースであっても状況は異なる。にもかかわらず、昨年の1000m通過が1:00.9、今年は1:00.8と測ったようなペース配分を施す坂井瑠星騎手は末恐ろしい。レモンポップとの出会いで大きく成長を遂げた。
来年は世界を股にかけ、そしてJRAリーディングを目指さないといけない存在だ。C.ルメール騎手や川田将雅騎手が充実期のうちにリーディングを奪う。坂井瑠星騎手や岩田望来騎手ら、若手成長株にはそれを達成してほしい。JRAの未来はそうしてつながる。
改めて、昨年と今年のラップ構成を比較してみる。
<2023年>
12.5-11.0-12.9-12.4-12.1-12.4-12.6-12.1-12.6=1:50.6
<2024年>
12.6-11.0-12.4-12.2-12.6-12.4-12.2-12.0-12.7=1:50.1
チャンピオンズCは1000m通過が1分1秒台より速いと差し馬の舞台になる。どちらも1:00.9、1:00.8だから、レモンポップにとって決して楽な流れではない。
「王者を楽に行かせるなんて」という声もあるかもしれないが、今年は昨年ペースを落とした3ハロン目、4ハロン目でペースを落とせなかった。
ミトノオーが1~2コーナーで絡み、先行集団はバラけることなく大集団を形成して、みんなレモンポップについていく。それぞれが自分のペースを守り、息を入れれば、馬群は向正面で縦長になるはずだ。そんなペースのなか、つくられた大集団に王者への挑戦姿勢が透けてくる。
受けて立つレモンポップは、1000m標識の手前で少しだけ息を入れた。これが残り800mからのスパートにつながり、最後の最後にみせた踏ん張りに影響した。わずかな違いで結果は変わる。そんな繊細な競馬を完成させ、連覇を達成した人馬は尊い。
レモンポップはこれで種牡馬となる。キングマンボ系の新たな系統としての可能性は無限だ。サンデーサイレンスもなければ、キングカメハメハも介していない。なにより、日本競馬になくてはならないスピードは魅力しかない。
2年連続同一馬による1~3着
2着ウィルソンテソーロも運びは完璧に近く、ゴール前の脚色は完全に王者を凌いでいた。昨年は人気薄、今年は2番人気。この一年の成長を証明できた。
とはいえ、ハナ差だけに勝って引導を渡したかったのが本音。挑戦は惜しくも最高の結果にはならなかったものの、まだ来年がある。東京、ドバイ、大井、ソウル、佐賀、中京と6つの競馬場で積んだ経験はいつか糧となり、結果を呼ぶはずだ。
3着はドゥラエレーデで、昨年と順位も顔ぶれもそっくり同じ。この3頭が強いというか、ほかに目立った馬がいないというかは微妙なところ。だが、ドゥラエレーデ自身には関係ない。現状の力は出し切った。
適度に上がりがかかる中京のようなコースが合う。どんな競馬でも結果を出す馬でもあり、R.ムーア騎手とも手が合う。インを抜けてくる競馬はさすがムーア騎手だった。
3着まですべて前年と同じという結果には、確かに思うところもある。だが、ダートは今や芝以上に選択肢が多い。地方交流に海外と魅力的なレースが無数にある時代になった。
JRAのGⅠは年間2つなので、もちろんメンバーはそれなりにそろうが、選択肢が広がったことで、かつてほどダートトップ戦線勢ぞろいではなくなった。ブリーダーズCに挑戦したフォーエバーヤング、ウシュバテソーロ、デルマソトガケもいる。日本全国、世界各地を転戦するダート界は懐が深く、レモンポップの引退後も目を離せない。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『アイドルホース列伝 超 1949-2024』(星海社新書)に寄稿。
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