【天皇賞(秋)回顧】衝撃の“上がり32秒5”…ドウデュースの爆発力を引き出した「ユタカマジック」
勝木淳
ⒸSPAIA
「ユタカマジック」は終わらない
2024年10月27日に東京競馬場で開催された天皇賞(秋)は、武豊騎手騎乗の2番人気ドウデュースが優勝した。これぞユタカマジック。スローを後方に下げる大胆な作戦で、見事にドウデュースの爆発力を引き出した。生きる伝説の物語はまだまだ終わりがみえない。
長い小説を読んでいるような気分だ。武豊騎手がはじめてGⅠを勝ったのは、1988年菊花賞のスーパークリーク。京都のぽっかり空いたインを突き抜けた。デビュー2年目19歳のこと。私は小学生だった。
馬券を買うようになったころ、エアグルーヴで天皇賞(秋)、スペシャルウィークでダービーを勝ち、当代随一の天才ジョッキーとして競馬界を引っ張っていた。「ユタカマジック」というフレーズがスポーツ紙の紙面で毎週のように躍った。
天皇賞(秋)はスーパークリーク、エアグルーヴときて、スペシャルウィーク。あのレースではこれまで先行策を得意としたスペシャルウィークを後方に下げ、直線一気。サンデーサイレンス産駒の凄みを引き出した。
それからメイショウサムソン、ウオッカ。ダイワスカーレットとの激闘をわずか数センチ差で制した。クビの上げ下げになったら、武豊は決して負けない。都市伝説のような話だが、実際に際どい勝負に滅法強かった。
そして、不良馬場の2017年はキタサンブラックで後方から内をすくって差し切ってみせた。「ユタカマジック」は終わらない。ドウデュースの天皇賞(秋)ははっきりとそれを証明してみせた。
まだまだ「ユタカマジック」は続く。私の馬券キャリアよりはるかに長く、この小説はいつエピローグを迎えるのかわからない。
ドウデュースを信じ、スローでも下げた
消耗の激しいアスリートの世界において、30年以上、トップ戦線で活躍する。正直、けちのつけようがない。7勝目の天皇賞(秋)は、これまでの6勝とそん色ないレースぶりだった。
逃げ宣言はシルトホルン。ノースブリッジ、ホウオウビスケッツの先行型にハイペースを演出する必然性はない。戦前からスロー、流れても平均程度とみられるなか、武豊騎手は迷わず下げて、後方に収まった。
ドウデュースの爆発力を引き出す方法はひとつ。序盤でじっくり脚を溜め、ブレーキを一切かけずに、外を回して直線に賭ける。これしかない。
馬群に入って縫う形も、先行もよくない。ゴールまでノーブレーキで走り続ければ、必ず爆発する。わかってはいるが、このスロー想定でそれを実行に移すのは簡単ではあるまい。まして、東京は内側が残る馬場。味方につけられる要素は限りなく少ない。
それでも、武豊騎手はドウデュースを下げた。ホウオウビスケッツのマイペースは前半1000m59.9のスロー。後半1000m57.4で、後半が2秒5も速い完全なる前残り。早めに前をつかまえたくなるところだが、動かない。あくまで直線に向くまで、仕掛けを我慢。爆発力を引き出すにはそれしかないとはいえ、この状況で動かないのはすばらしい。
上がり600m32.5はドウデュースのキャリアハイどころか、JRAのGⅠを制した馬のなかで、もっとも速い。グランアレグリアもアーモンドアイもイクイノックスも越える末脚なのだ。武豊騎手の天皇賞(秋)でも、ベストといっていい。それを55歳でやってのけられてはなにもいえない。
ドウデュースはダービー以降、2度負けては鬱憤を晴らすというパターンが続く。3回も続いた以上、ドウデュースパターンといっていい。
連勝は2歳時の3連勝だけ。ジャパンCはこの法則を崩せるだろうか。もちろん、年内引退、走ってもあと2回という限られた状況だけに、無理はさせられないので、レース後の経過を見守らないといけないが、出てくるなら、次はドウデュースパターンを崩せるかどうかに注目だ。
リバティアイランドの敗因
2着タスティエーラはドウデュースのひとつ下のダービー馬。ダービー以降勝ち星がなく、2020年世代が弱いという論調の象徴のように語られるが、ソールオリエンスの宝塚記念2着と合わせ、意地はみせた。
一旦、手応えで怪しくなりながら、ドウデュースと併せると盛り返しており、勝負根性はダービーを勝ったころと変わりない。クセのないコースで先行馬に優位なペースになれば、実力を出せる。ジャパンCは状況的に合致しそうで、楽しみだ。
3着ホウオウビスケッツは逃げたいシルトホルンを待たずに、思い切ってハナにいった。同厩舎ノースブリッジがスタートで遅れ、プレッシャーをかける存在がおらず、最高の形でレースを支配できた。
直線では一旦はセーフティーリードをとり、見せ場たっぷり。単勝を握りしめ、声が枯れるまで叫び続けたファンもいただろう。3歳時のフリージア賞でみせた後半1000mすべて11秒台というラップ構成がこの馬の原点。コントロールも効くようになり、重賞2勝目も近い。それどころか、2400mでもこの競馬ができれば期待はある。
リバティアイランドは13着と大敗した。ドバイから7カ月ぶりの実戦復帰で天皇賞(秋)という過程はやはり難しいのか。
序盤の攻防で少し機嫌を損ねる場面もあったが、それだけが敗因とはいえない。位置取りとしては文句なしだったが、全体的に歯車が狂った印象もあり、もしかすると今後も静観したほうがいいかもしれない。負けたといっても二桁着順である以上、敗因はひとつに絞れない。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『アイドルホース列伝 超 1949-2024』(星海社新書)に寄稿。
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