【秋華賞回顧】エンブロイダリーが成し遂げた二冠の価値 オークス凡走からの逆転劇は45年ぶり

勝木淳

2025年秋華賞、レース結果,ⒸSPAIA

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45年ぶりの“変則二冠”

牝馬三冠最終戦の秋華賞はエンブロイダリーが勝ち、桜花賞との二冠達成。2着エリカエクスプレス、3着パラディレーヌで決着した。

牝馬二冠達成濃厚といわれたのはカムニャック。オークスを制し、休み明けのローズステークスを圧勝と、芝中距離なら同世代では頭ひとつ抜けた印象すらあった。

実際、カムニャックの負け方を考えると、その評価は動かない。だが、エンブロイダリーがそこに並んだのも事実。桜花賞馬であり、2番人気だから二冠達成の可能性は高いと目されていたものの、実際にその歴史を踏まえるとかなり難しい道のりだったはずだ。だからこそ価値が高い。

秋華賞の前身エリザベス女王杯時代も含め、牝馬二冠達成馬のうち桜花賞と秋一冠を獲得したのは1972年アチーブスターから数えてエンブロイダリーが8頭目になる。

その間、三冠でもっとも距離が長いオークスで4着以下だったのは、77年インターグロリア、80年ハギノトップレディの2頭しかいない。グレード制導入後に桜花賞と秋一冠の変則二冠を達成した馬は、オークス不出走かオークスでそれなりに好走した馬ばかり。オークス9着だったエンブロイダリーはグレード制導入後初であり、ハギノトップレディ以来45年ぶりの変則二冠馬でもある。

さらに、「前走オークス6着以下」で秋華賞に挑んだ馬は【0-0-0-28】だった。オークスで好勝負を演じていないと直行は難しい。これほどの状況ながら、これを成し遂げてしまう森一誠厩舎の厩舎力に感服する。

確かにオークスでは最後の最後に伸びる形を見せており、決して距離だけが原因ではなかったが、それだけに立て直してぶっつけでGⅠを勝つのは容易ではなかったはずだ。


持続力勝負に持ち込んだエンブロイダリー

さて、レース展開に話を移すと、逃げ一択ではなかったエリカエクスプレスは前走京成杯オータムハンデキャップというプロフィール通り、スピードがライバルとは明らかに違った。

自然流のハナながら、それでも行きたがる素振りをみせたが、鞍上が上手くなだめてペースを収めていった。序盤600m35.6は決して速くなく、1000m通過59.4もレース前の読みより遅いぐらいだった。

この辺の“前が止まりそうもない”という予感を、動くことで対応したのがエンブロイダリーのC.ルメール騎手。あの向正面で先に動いたのが勝因といっていい。

残り1200mのラップは11.7-11.9-11.7-11.7-11.6-12.0。エンブロイダリーがエリカエクスプレスに並び、突っつく形でペースを上昇させたため、好位勢はかえって苦しくなった。

1200mにわたる持続力勝負こそ、エンブロイダリーの形。瞬発力型のカムニャックには辛かった。加えて小回りでの加速力の差も出た印象で、カムニャックの敗因は精神面より適性にあったのではないか。直線が長いコースで、フォームが整ってからトップスピードに持っていく形がよさそうだ。

エンブロイダリーの母系であるビワハイジの血統は、秋のラスト一冠に縁がない血でもある。ビワハイジはダービー挑戦後、約1年4カ月の休養。その娘ブエナビスタは三冠に王手をかけたがレッドディザイアに敗れ、2位入線の後3位降着。さらにエンブロイダリーの母ロッテンマイヤーも、クイーンステークスの大敗後に長期休養に入ったため、秋華賞に出走できなかった。エンブロイダリーの二冠はビワハイジ牝系の悲願でもあった。


むしろ中距離に進んでほしいエリカエクスプレス

2着は逃げたエリカエクスプレス。序盤は行きたがる場面があり、エンブロイダリーに早めに突かれるという状況ながら2着に残っており、桜花賞1番人気に違わぬスピードと粘りをみせてくれた。

今後は距離を短縮し、スピード優先のレース選択になる可能性はあるが、GⅠ2着の実績がある以上、マイル前後だとかなりマークが厳しくなりそうだ。選択肢としては中距離に留まり、スピードをコントロールする方向へ進めば、結果が出るのではないかと個人的には考える。

3着パラディレーヌは伸びあぐねる差し馬勢のなかで唯一突っ込んできた。オークス4着の実力通り、休み明けを叩いて型通りに良化した。戦歴通り持続力勝負に長けており、大外枠という悪条件を踏まえても価値は高い。

16着カムニャックは確かにゲートでスタート寸前に立ちあがるなど気性の危うさを見せたが、エンブロイダリーが先に動くと手応えが悪くなっており、ここは適性の差とみるべきだろう。

これだけ負けると一気に評価を落としがちだが、一息入れてうまくリセットした上で直線が長いコースに出走すれば、平然と勝つ可能性すらある。インパクトある負け方だったため、今後も予想するときに引っかかるかもしれないが、状況次第という認識でいい。


2025年秋華賞、レース回顧,ⒸSPAIA


《ライタープロフィール》
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースオーサーを務める。『もう一つの引退馬伝説2 関係者が語るあの馬たちのその後』(マイクロマガジン社)に寄稿。

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