【オークス回顧】例年ほど聞かなかった距離不安 中距離適性高いチェルヴィニア、大敗から巻き返し
勝木淳
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距離延長への不安が聞こえなかったレース前
オークスの決着時計2:24.0は史上6位の記録。この世代は阪神JFがレースレコード、桜花賞は史上3位と高速決着が続いた。チューリップ賞史上2位、フローラS史上3位など前哨戦も好時計決着が続出しており、総じてレベルが高い。もちろん、レース当日の天候に恵まれた晴れ女世代でもあるが、それでも速い時計が続くのは能力値の高さあってのものだ。
日本のサラブレッド生産のレベルはワンランク上になったといっていい。同時にクラシックの考え方や馬づくりのコンセプトの変化も感じる。というのも、今年のオークスでは例年必ず議論になる800mの距離延長への不安は以前ほど聞かれなかった。中距離に不安を残す有力馬がオークスに出走していなかったことは、馬づくりの変化の象徴だろう。
以前は牝馬なら桜花賞、牡馬ならダービーといわれ、牝馬はまずはマイルを目指す。スピードと持続力の両立はマイラーにとって欠かせない。その先に待ち受ける距離延長は桜花賞から中5週で対応していく。この点がオークスで問われてきた。しかし、最近は総じて中距離を重視し、中距離に強い種牡馬が版図を広げていく。ディープインパクトという偉大な種牡馬が中距離シフトに与えた影響は大きい。中距離で勝てる馬づくりが進んだ結果、牝馬もマイルは能力でこなし、適性は中距離という馬が増えた。
桜の尊さも儚さも一切変わっていないが、その舞台を走る牝馬たちの質は確実に変わった。もちろん、クラシックは最初の目標であることに変わりはないが、各馬の生きる道も繁殖としての価値もその先まで続いていく。最終的には牡馬と互角以上に渡り合えること。いわばアーモンドアイのような強さが理想になった。サラブレッドとして長く活躍できること、その血が未来への礎となること。ここに目標があるとすれば、中距離にシフトしていくのは自然かもしれない。
そんな潮流はオークスの勝ち時計歴代トップ5をみればわかる。
第1位 ラヴズオンリーユー 2:22.8
第2位 リバティアイランド 2:23.1
第3位 ジェンティルドンナ 2:23.6
第4位 アーモンドアイ 2:23.8
第5位 スターズオンアース 2:23.9
この5頭は語るまでもなく、その後、牡馬相手に中距離で互角以上の成績を残した。古馬中距離GⅠで戦える牝馬だからこそ、高速決着のオークスを勝てた。クラシックが終われば、もう性別は関係なくなる。そんなボーダレスな馬づくりがレベルアップの根底にある。
木村哲也厩舎の厩舎力
第6位に入るチェルヴィニアも父ハービンジャー、母チェッキーノ、母の父キングカメハメハという血統背景から中距離適性は高い。桜花賞上位組と同じく距離延長はむしろ臨むところであり、順調に調整された今回は伸びしろしかない。そんな陣営の自信がみてとれた。
木村哲也厩舎がイクイノックスで証明した調整のノウハウがチェルヴィニアにしっかり注がれた。若いうちは無理に目標を定めない。人間の都合に馬をあてはめることは、場合によっては追い詰めることになる。全力発揮の阻害を決してしない。待つというより成長を促進する感覚はイクイノックスでの成功が大きい。
アルテミスSから桜花賞へ。異例のローテの裏には、現役生活を全うするまで気分よくポテンシャルを発揮しつづけてほしいという願いがあった。そんな木村厩舎の願いがオークスでの大輪につながった。
1、2着の明暗を分けた、直線の進路
距離不安がない馬たちによるオークスはかつてのような超スローの瞬発力勝負にならない。途中でハナに立ったヴィントシュティレは東京芝2000mで大逃げを打ち、未勝利を脱した。結果はショウナンマヌエラと競り、オーバーペースになってしまったが、レース前にはスローに落とさなくてもいいという自信があった。前半1000m通過57.7は先手をとったショウナンマヌエラにはさすがに厳しく、ヴィントシュティレが途中から先頭に立ち、後ろを離したようにみえたが、ここは12.8-12.9-13.4とむしろ失速していた。後ろで構える有力馬には深追いせずとも差は詰まるという読みがあり、3番手以降の大集団は平均ペースでしっかり脚を溜められた。そんな動じない雰囲気も有力馬たちの2400mへの自信が醸し出した。
1、2着の明暗を分けたのは最後の直線での進路にあった。3コーナー手前からチェルヴィニアは外に狙いを定め、少しずつ外へ持ち出していき、馬群の内にいたステレンボッシュは馬群を突くしかない。多くの選択肢を残す位置をとったC.ルメール騎手の戦略が光った。とはいえ、ステレンボッシュも進路はクリアであり、この選択が間違いとはいえない。先行馬に厳しい序盤を踏まえれば、内で粘れる馬はそう多くない。ステレンボッシュも馬場の真ん中で粘るクイーンズウォーク、ランスオブクイーンはきっちりとらえた。さすがは桜花賞馬の脚力だった。こちらも戦前から距離不安がなかったように中距離型であり、この先まだまだやれる。器用さも感じられ、たとえ内回りであっても苦にしないだろう。
3着は桜花賞3着ライトバック。今回も折り合い重視で後方から展開し、しっかり脚を使えた。ただ直線序盤、狙ったコースにチェルヴィニア、スウィープフィートがいて、追い出しを待たされたことが響き、またも遅れ差しの形になってしまった。気性面なのか、馬体に未完成な面があるのか。GⅠだと勝負に出られないのは厳しい。高速決着続きだった影響もあっただろう。それでも連続3着は力の証。今後の重賞戦線での活躍を期待しよう。
ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。
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