【菊花賞】アスクビクターモアが悲願の一冠奪取! 三冠完走で磨いた強さとは

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終わってみればのラスト一冠
今年の三冠皆勤は皐月賞5、ダービー3着アスクビクターモア、同9、9着ジャスティンパレス、同11、10着ビーアストニッシドのたった3頭だった。もちろん、菊花賞の3000m、まして昨年今年の阪神芝3000mは古馬でさえ厳しいステイヤーコース。スピードが重視される現代競馬の主流ではないのは事実であり、三冠皆勤は年々珍しいことになりつつある。2019年世代はたった3頭、それも掲示板以内はアスクビクターモアのみだった。これほどまでに馬券検討の難しかった菊花賞はいつ以来だろうか。こういった状況は春二冠に比べると珍しくもないが、どこからでも入りたくなる菊花賞は予想のしがいがあった。
とはいえ、結果は1、3着がアスクビクターモアとジャスティンパレス。三冠皆勤3頭のうち2頭が馬券圏内を占め、終わってみればといった感も強い。だが、それだけ三冠皆勤には価値があるともいえる。ましてジャスティンパレスは神戸新聞杯の勝ち馬。4番人気はちょっと人気が低かったか。2着ボルドグフーシュは神戸新聞杯3着。こちらは脚質が嫌われたか、7番人気だった。終わってみれば例年通り、最有力ステップレースである神戸新聞杯が機能した。異例の菊花賞がいささか強調されすぎてしまい、馬券を買う側がブレてしまったか。
ちなみに記録でいえば、ダービー3着馬の菊花賞制覇は2003年ザッツザプレンティ以来。セントライト記念2着馬の菊花賞Vは1992年ライスシャワー以来となる。この勝利でディープインパクト産駒はクラシック24勝目。菊花賞は5勝目。これはそれぞれサンデーサイレンスの記録を抜き、歴代単独トップに躍り出た。
2000m通過2.01.4の衝撃
三冠すべてに出走し、1、3着だったアスクビクターモアとジャスティンパレスはどちらも先行型で好位からレースを運んだ。三冠の価値はここにあった。
舞台は昨年と同じ阪神芝3000m。まずはこれを比べる。1000mごとにラップを区切ると、
21年1.00.0-1.05.4-59.2 3.04.6(タイトルホルダー)
22年58.7-1.02.7-1.01.0 3.02.4(アスクビクターモア)
21年10R3勝クラスのマイル戦・元町Sが1.33.4で今年は1.32.3だから、今年の馬場はさらに良好な状態。とはいえ、タイトルホルダーの精緻なラップとは異なり、今年はブリンカー着用のセイウンハーデスが序盤1000mで最初の1F以外は11.9以下に落とさない強気な逃げ。2番手アスクビクターモアはさすがに深追いしなかったが、ここで追いかけずにきっちり折り合えたのは経験だろう。若い頃に抱えていた折り合い面の難しさは戦いながら失せていった。
タイトルホルダーは1、2コーナーから向正面で14秒台が刻まれるほどブレーキをかけ、後続を惑わせた。この緩急も惚れ惚れするラップ構成だが、今年は13.3が1回出現した程度。中盤の1.02.7が正直、序盤の58.7よりインパクトがある。3000m初体験の馬たちが戸惑うのも無理はない。
2000mを2.01.4で走って、そこから残り1000mのラストスパートへ。力がない馬や距離適性が守備範囲外の馬はもはや追走すらできない。なお前のコースレコードは01年阪神大賞典。ナリタトップロードが記録したときは、中盤までの2000m2.03.2。これを1.8も上回る流れだった。アスクビクターモアは残り800mから動き、600m標識で先頭、セイウンハーデス以下に4コーナーで2、3馬身ほど離して回ってきた。その心肺機能、能力のスケールが違いすぎた。ついてきたのはジャスティンパレスと序盤は後方のインに潜み、3、4コーナーで外をまくってきたボルドグフーシュの2頭だけだった。
一発勝負で力をすべて出し切る難しさ
最後の200mはさすがにアスクビクターモアも脚があがり、12.9と要した。それでも猛追するボルドグフーシュをハナ差退けた。このレース内容でアスクビクターモアは脚をすべて使い切り、2着馬をしのいだ。能力を本番ですべて出し切ること、最後にひとつ我慢できること。この2点が三冠皆勤の猛者にしか身につけられないものではないか。
力を一発勝負で出し切る集中力は人間と同じく馬もそうそう簡単に備えられるわけではない。アスクビクターモアをそこまでの状態に作り、かつその力を引き出す見事な作戦を編み出した田村康仁調教師と一発勝負でそれをミスなく実行した田辺裕信騎手の手腕を大いに称えたい。春もダービーでは完璧な仕上げと戦略を実行しつつも、敗れていただけに、報われた喜びは大きいだろう。
2着ボルドグフーシュはやはりスタートで遅れ気味になり、後方からの競馬になったが、ペースを考えれば、中盤まで付き合わず、後方インに控えたのは好都合だった。脚質的に嫌われたが、吉田隼人騎手もそういった点は織り込み済み。本番では3コーナーから動き、4コーナー4番手までまくってきた。アスクビクターモアを勝負所で射程圏内にとらえる作戦は見事だった。これほど動けるならば、重賞制覇は近い。ただ、流れと舞台を考えれば、今回は勝てる競馬。ハナ差及ばなかったのは痛い。好機は続けて訪れるだろうか。
3着ジャスティンパレスも手応え以上に最後までしぶとかった。アイアンバローズの下という血統的背景が3000m戦で前面に出た印象。春二冠9、9着という臨戦過程が私にはいかにもステイヤーに見えてならない。今回の結果から長距離路線に向かう可能性は高く、そのうち兄との対決もあるかもしれない。
クラシックとはどれも生涯たった一度の舞台。一発勝負で一発回答。能力を秘めること以上に集中力を発揮できる心の基礎が求められる。どんなに力があっても、どこかでミスがあっては勝てない。三冠ロードはこれを培う場でもある。アスクビクターモアの道程はそれを教えてくれた。

ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。共著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ全4作(星海社新書)。
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