【スプリンターズS】ビリーヴが紡ぐ20年の物語、ジャンダルムが悲願の母子GⅠ制覇 あきらめない、信じる心の尊さがここに

勝木淳

2022年スプリンターズS回顧,ⒸSPAIA

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ビリーヴがいた20年前

話は今から20年前、2002年にさかのぼる。

この年の夏、日本競馬の進化に大きく影響を与えたサンデーサイレンスがこの世を去った。その約1カ月後、武豊騎手が史上最速、最年少でJRA史上3人目となる通算2000勝を達成。この年の秋は東京競馬場が全面改装に入るため、開催スケジュールが大きく変更され、その結果、新潟競馬場ではじめてGⅠスプリンターズSが施行された。舞台は新潟芝内回り1200m。せっかくなら直線1000mでやっても面白いのではないか。当時そんな感想を持った記憶がある。

新潟で行われたスプリンターズSの1番人気は父サンデーサイレンス、武豊騎手騎乗のビリーヴ。父に捧げる勝利なんて見出しもあった。相手は高松宮記念を勝ったショウナンカンプと安田記念を勝ったアドマイヤコジーン。レース展開はショウナンカンプが逃げ、アドマイヤコジーンが番手、つかず離れずビリーヴという形で完全なる三強の競馬。前年覇者トロットスターが意地で並びかけるも、3頭は余裕があった。最後の直線ではショウナンカンプにアドマイヤコジーンが併せに行き、間に入りかけたビリーヴが器用に内ラチ沿いに潜って、内から2頭を捕まえた。これがビリーヴにとって初のGⅠ制覇だった。以後、高松宮記念を勝ち、連覇を狙ったスプリンターズSではデュランダルの豪脚に阻まれ2着。この時代のスプリント戦線を象徴する一頭としてビリーヴの名は人々の心に刻まれた。

米国で繁殖入りしたビリーヴは初仔ファリダットを皮切りに7頭を出産し、堅実に活躍馬を送った。その最後の産駒がジャンダルムだ。デビュー2戦目でデイリー杯2歳Sを勝ち、ホープフルS2着。いよいよビリーヴの仔からクラシックホースが出るのでは。ジャンダルムはそんな期待を背負った。なおこのホープフルSで3着だったのが今年、海外で活躍、凱旋門賞に挑んだステイフーリッシュ。不思議な縁がある。不思議と言えば、このレース3着は高松宮記念を勝ち、春秋スプリント統一を目論んだナランフレグ。ビリーヴが勝った20年前のショウナンカンプと同じだった。

あれから20年。ジャンダルムがデイリー杯を勝ってから5年が経ち、1200mのオーシャンSで重賞2勝目をあげた。母と同じスプリンターとして再浮上したジャンダルムがスプリンターズSを勝利し、母子制覇を成し遂げた。ジャンダルム7歳の秋。あきらめずにジャンダルムの力を引き出そうと愚直に努力された厩舎関係者やエスコートした荻野極騎手にお礼を言いたい。ビリーヴがつむぐ20年の物語に幸せを呼んでくれて。

競馬はブラッドスポーツ。人間同士ではそうは描けない大河物語を時より、馬は紡ぐ。スプリンターズSは実に奥深い競馬だった。

出遅れ挽回のテイエムスパーダが演出したハイペース

レースはテイエムスパーダが発馬でやや遅れ、先行争いは一瞬、お見合いするような形。無理は承知で自分の形を目指したテイエムスパーダがハナをとり、レースの前半600mは32.7。スプリンターズSはここ3年快速モズスーパーフレアが先手をとり、それぞれ32.8、32.8、33.3と厳しい流れを演出したが、今年はそれより速い前半になった。案外、隊列はすんなり決まるのではという見方もあったが、結果はハイペース。短距離戦は一瞬の判断でレースの顔が変わる。テイエムスパーダの後手はレースの姿を塗りかえた。

ジャンダルムは荻野極騎手だと発馬がスムーズ。母と同じ好位3番手で流れに乗り、4コーナーでは外に行ったメイケイエールやナムラクレアとは手ごたえが違いすぎた。唸るような手応えのまま直線に向いた時点で、勝負あり。後半600m35.1、ラスト200m12.3。消耗戦になったことで、ベテランがこれまで培ってきた頑健さとビリーヴ譲りのハイペース耐性が合体した。この流れを3番手で押し切られては、他馬はどうしようもない。

2着ウインマーベルはもっとも人気がない3歳馬。前走キーンランドCでタフなレースを経験したことが活きた。芝でも意外性あふれるアイルハヴアナザー産駒。スプリント戦なら堅実に駆けるので、今後はきちんと評価し、味方につけたい。

3着ナランフレグはさすがだった。ハイペースでも馬場は先行有利という難しい中山の芝で最後は目立つ伸びを見せた。ジャンダルムと同じく中山巧者。この舞台なら休み明けでもここまでやれることを証明できた。春もそうだが、馬群を突ける強みがあり、差し一手も崩れない。この先の目標設定は悩ましいが、ぜひ、高松宮記念連覇を視野に入れてほしい。

メイケイエールは14着と見せ場がなかった。ハイペースを気分よく行き過ぎたともいえるが、やはり最大の要因は中2週のGⅠ挑戦ではないか。セントウルSとは異なり、レース中はどこか危うさを見せていた。これも彼女の個性だが、陣営にとっては悔しい敗戦。今回は4コーナーで張られる場面もあり、スムーズではなかった。能力全開のためには針穴に糸を通すような繊細な手順が求められるタイプ、よくぞGⅠで1番人気まで立て直したものだ。その精進する姿勢もまた忘れたくない。

ナムラクレアは5着。もったいないといえばこちらか。前走北九州記念で差す競馬をし、選択肢を広げ、同時に馬群に突っ込み脚を余したことで今回は勝負所で大外を選んだ。中山の芝は結局、最後まで大外強襲はよほど前が止まらないと決まらない状態。大外を回るとその分、末脚を削られるリスクが大きかったようで、本来の伸びではなかった。

2022年スプリンターズS回顧展開,ⒸSPAIA


ライタープロフィール
勝木 淳
競馬ライター。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュース個人オーサーを務める。共著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ全4作(星海社新書)。

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