【天皇賞(秋)回顧】極限の瞬発力勝負を制したマスカレードボール “前半1:02.0”のスローが生んだ明暗
勝木淳

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1000m通過1:02.0の解釈
秋の中距離王決定戦、天皇賞(秋)は3歳馬マスカレードボールが勝ち、GⅠ初制覇。2着ミュージアムマイル、3着ジャスティンパレスで決着した。
1000m通過1:02.0——。
いったいこの数字を言い当てられた猛者はどれほどいただろうか。木曜の枠順発表でメイショウタバルが8枠13番、ホウオウビスケッツが5枠8番に決まり、先陣争いは予想の争点になっていた。
かつてメジロマックイーン(7枠13番)の降着劇があった東京芝2000mコースは2003年の改修を機にカーブを緩やかに引き直し、改善に努めた。それでも2003年~24年まで8枠の成績は【1-0-3-53】と難所であり続ける。
外から出して先手をとるにも、気性難を抱えるメイショウタバルにスタートから行けと指示するのは簡単ではなく、宝塚記念までに教え込んだことが水泡に帰す可能性すらあった。ではホウオウビスケッツが先手をとり、メイショウタバルは向正面から仕掛けるのでないか。いずれにしても平均より速い流れになると目されていた。
だが、現実は違った。ホウオウビスケッツはスタートがさほど良くなく、コーナーにかかる段階では強引に行ける状態ではなかった。それをみてメイショウタバルは自然な形でハナに立った。理想的な序盤だったとみていい。
しかし、武豊騎手はメイショウタバルに折り合うよう指示を出し続けた。その結果、スタートから1200m通過まですべて12秒台というGⅠとしては異例の超スローペースになった。
なぜ、メイショウタバルでスローペースを刻んだのか。先を見据えての判断だった可能性は否定できない。秋の中長距離GⅠのなかで天皇賞(秋)はもっとも短い。その先の2400、ないし2500mを視野に入れるなら、2000mで気分よく飛ばせば、次に影響は出るのは火を見るより明らか。
まして気性に危うさを抱える個性の持ち主であれば、距離延長で折り合う場面は想像しがたい。具体的には有馬記念を念頭に入れた策だったとみる。
そこを理解する一方で、1:02.0というペースは明らかにメイショウタバルの個性とは合致しない。結果的に後半800m11.5-10.9-10.9-11.1、44.4。レース上がり32.9という究極の瞬発力勝負に持ち込んでしまった。
それでも一度抜け出されたタスティエーラを差しかえすなど、メイショウタバルの闘志は最後まで燃え続けたので、GⅠ馬に違わぬ姿勢だったのも事実。天皇賞(秋)1000m通過1:02.0は次のレースで伏線回収されると信じている。
末脚の引き出しどころが明暗をわける
こうも究極の瞬発力勝負になり、3歳の斤量2キロ差がモロに効いた。マスカレードボールとミュージアムマイルが記録した上がり600mは32.3で並んでいた。着差の3/4馬身は4コーナー通過時の前後関係そのまま。序盤で少し前をとれたことがマスカレードボールの勝因といえる。
もうひとつ。こうも決め手勝負になると、仕掛けたタイミングの差、つまり仕掛けどころの的確さも着順に大きく影響した。最初に仕掛けたホウオウビスケッツは沈み、次に仕掛けたタスティエーラも一旦先頭に立つも、8着に敗れた。東京の直線525.9mで、ゴールをトップスピードで走り抜ける末脚の引き出しどころが命だった。
そうなれば、C.ルメール騎手の右に出るものはいない。今週東京で10勝もあげたルメール騎手はその仕掛けどころを誰よりも熟知している。とはいえ、マスカレードボールに力がなければ、先頭でのゴールはなかった。日本ダービーでは最後の最後でクロワデュノールに迫った末脚は夏を越し、さらに磨きがかかった。
元々、仕掛けはじめで反応が鈍るなど少しサボるような面を見せていたが、そこもルメール騎手は許さない。本当に実戦初騎乗なのか疑いたくなるほど完璧だった。距離が延びることで集中力への課題は残るものの、適性距離はジャスト2000mではない。延長にも対応できるだろう。
舞台を選ばないミュージアムマイル
2着ミュージアムマイルは、マスカレードボールとはポジションの差であり、互角だったとみる。ダービー6着の敗因は東京適性だったのではとみていたが、それは誤りだった。
上がり600m32.3とスローに対応しており、東京は苦にしない。中山をこなす分、適性の範囲は広く、舞台を選ばないタイプといっていい。
3着は古豪ジャスティンパレス。最近は終い勝負が定番となりつつあったが、テン乗りの団野大成騎手が先行させ、新味を引き出した。極端な切れ味はないが、駆けだしたら止まらないしぶとさは健在。先行によってそれを粘りに転化させた。間違いなく好プレーだった。

《ライタープロフィール》
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースオーサーを務める。『もう一つの引退馬伝説2 関係者が語るあの馬たちのその後』(マイクロマガジン社)に寄稿。
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