【アイルランドT回顧】ラヴァンダがスローの混戦を断ち重賞初V “イメージ一新”鋭い末脚で魅せる

勝木淳

2025年アイルランドT、レース結果,ⒸSPAIA

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身動きできない東京のスロー

第1回アイルランドトロフィーはラヴァンダが差し切り、重賞初制覇。2着アンゴラブラック、3着カナテープで決着した。

3日間競馬中日のメインは開幕週の毎日王冠と同じ東京芝1800mのGⅡ戦。GⅠ前哨戦でもあり、似た状況だったが、逃げ候補が不在で、展開の読みにくさが違った。

どの馬が行くのか。できれば行きたくない。そんな心理下での攻防は枠順とスタートダッシュの違いからアドマイヤマツリが制する形になった。本音は逃げたくなかったはずだ。武豊騎手はたえず手綱を引きながら、前へ進みたがるアドマイヤマツリをなだめていた。

一方で、アドマイヤマツリは前に馬がいない状況で気分よく走ろうとしてしまい、鞍上との意思疎通が難しくなった。レースラップはスタートから800mまで13.0-11.4-12.0-12.5。3コーナーに向け、ラップは落ちていき、豊騎手がペースコントロールを試みた痕跡がみえる。

先頭を進む馬が引っ張りきりとあっては、ペースはどう考えてもスロー。1000m通過1:00.8は毎日王冠当日の未勝利戦より1秒1遅く、毎日王冠より2秒2も遅い。いくら牝馬限定とはいえ、こうも遅いと好位集団は渋滞が発生し、リズムを崩した馬は多かった。東京のスローは身動きがとれない。


シルバーステートとゴッドインチーフ

残り1000mは11.9-11.7-11.0-11.1-11.1で56.8。上がり600mは33.2と毎日王冠を0秒5上回った。究極に近い決め脚勝負を制したラヴァンダは終始、外を回って32.4を記録しており、着差以上の強さをみせた。

スローであっても、先を急がず、むしろコーナーで順位を下げ、弓を絞るだけ絞って放った。岩田望来騎手のラヴァンダへの信頼と度胸が引き出した末脚といえる。6月の府中牝馬Sより下げて勝負に出たのは自信のあらわれだろう。

3歳時はやや決め手を欠き、いかにも父シルバーステートらしい持続力タイプだったが、4歳になり、イメージを一新してきた。末脚の鋭さに成長を感じる。シルバーステート産駒の重賞はこれまで中山2勝、阪神2勝と急坂コースが目立っていたが、同じ東京芝1800mのエプソムCをセイウンハーデスもコースレコードで勝っており、適性幅は広い。

母系に入ったロベルトの血を感じる種牡馬だが、そうはいっても父はディープインパクトであり、サンデーサイレンス系の素軽さもみえる。ラヴァンダは大舞台に強いロベルトとディープインパクトの集合体ともいえる。この秋、注目の一頭だ。

母の母ゴッドインチーフは1999年桜花賞4着馬。プリモディーネの決め手に屈した。父コマンダーインチーフらしいジリ脚血統だった。その産駒も決め手より粘りで結果を残す傾向があり、ラヴァンダの母ゴッドパイレーツの7勝も門別ダートで好位から粘ってあげたものであり、ゴッドインチーフらしさを感じる。

一方、いい意味でラヴァンダは母系らしさを感じない。つまり、シルバーステートとゴッドインチーフのイメージを一新した。こうなれば、先入観を捨て、2200mのエリザベス女王杯への挑戦もありだろう。

牧場が長きにわたり大切にしてきた母系の開花は胸をなでおろす思いがする。一方でそう信じ続けても、執念を燃やしても結果が出ない牝系だってある。だからこそ、ラヴァンダの活躍は特筆すべきだ。牧場関係者の執念に敬意を表したい。


馬体増は好走のサイン

2着はアンゴラブラック。昇級初戦、休み明け、別定GⅡとかなり高いハードルだったが、積極的な立ち回りで食い下がり、見せ場をつくった。GⅡ・2勝ダンビュライトや来週の秋華賞に駒を進めるビップデイジーと同じ一族。持続力系の血にキズナという配合は速い時計の上がり勝負であっても、粘りを前面に出せば対抗できる。

そういった意味では理想的な競馬だった。前半が遅かったのも昇級の身としては幸い。噛み合っての好走だった面は拭えない。設定や展開次第ではあるが、ひとまずGⅡ・2着という事実は重視したいところ。

3着カナテープは流れが遅かったこともあり、いつもより積極的な運びで優位に進められた。関屋記念のイメージだと今の馬場と展開は合わないのではないかと読んでいただけに、個人的には裏をかかれた。

一方で、その分、終いの伸びは前走ほどではなく、馬体重14キロ減も響いたかもしれない。今年初戦から24キロ増え、関屋記念で2キロ減と充実具合を感じさせただけに、一気にふた桁減は気になるところ。状態面のジャッジが的確な厩舎だけに、この先の判断を待ちたい。

4着ライラックは上がり2位となる32.3を記録し、状態面の良さを感じた。本来はもう少し時計がかかってほしいタイプだけに、その走りは際立った。復調の合図ならば、次走は軽視できない。

こちらは8月から16キロ増で、上昇曲線を描いている。3年前のエリザベス女王杯2着馬であり、実績十分。混戦向きで楽しみだ。

2025年アイルランドT、レース回顧,ⒸSPAIA


《ライタープロフィール》
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースオーサーを務める。『名馬コレクション 純白の奇跡』(ガイドワークス)に寄稿。

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