【ヴィクトリアマイル回顧】前半4F45.4の激流で見えたアスコリピチェーノの底力 父ダイワメジャーが送り出した“最高傑作”
勝木淳

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アスコリピチェーノ、執念でもぎとったGⅠ・2勝目
春の古馬牝馬チャンピオンを決する戦い、ヴィクトリアマイルはアスコリピチェーノが勝ち、GⅠ・2勝目。2着クイーンズウォーク、3着シランケドで決着した。アスコリピチェーノは2023年阪神JF以来待望のGⅠ・2勝目。その間、桜花賞、NHKマイルCと2着が続き、京成杯AH1着とマイルなら間違いなくGⅠタイトルを積み重ねられる力があるだけに、悔しい思いをしてきたが、その鬱憤を見事に晴らした。
今年20回目を迎えるヴィクトリアマイル。4歳で2歳GⅠ馬が勝利したのはブエナビスタ、アパパネ(牝馬三冠馬)、ソダシに次ぐ4頭目だが、先輩3頭はすべて桜花賞馬。2歳GⅠを勝ちながら、桜花賞を落として翌年にここを勝ったのはアスコリピチェーノが初となる。2歳暮れから春はつながりが深く、裏を返すと、桜花賞を落としながらも、再びGⅠの頂点に立つのは難しい。
早熟という言葉すらチラつくプロフィールだが、アスコリピチェーノは微塵も感じさせない。古馬との初対戦だった京成杯AHは圧倒的な力の違いをみせ、海外初挑戦の1351ターフスプリント(サウジアラビア)も勝ち切った。能力だけでなく、勝負根性、精神的な強さも兼ね備えているといっていい。これは父ダイワメジャー譲りだろうか。
ダイワメジャーは並んだら抜かせない根性に秀でていたが、その雄大な馬体とは裏腹な気の小さいところもあった。東京では2006年天皇賞(秋)、2007年安田記念を勝利。長い直線に真っ向から挑み、堂々押し切る走りは持続力の化け物だった。
反面、不思議なことに産駒の東京古馬GⅠ制覇はアスコリピチェーノが初。総じて2、3歳戦に強く、成長とともに底力で劣っていく。そんなイメージが強い父でもある。若駒離れした持続力を発揮しながら、そのうち問われてくる底力がわずかに足りない。現代競馬では重要なスピードは申し分なく、粘る走りもできるのに、最後のピースを欠く。総じて産駒にはそんなイメージがある。
だが、アスコリピチェーノは持続力も瞬時の動きも優れ、末脚を伸ばす競馬もでき、底力を備える。まるでダイワメジャーに貼られたレッテルを剥がして回っているような進化形でもある。今年2歳が実質上は最終世代のダイワメジャーが種牡馬生活晩年に送った最高傑作といっていい。
ダイワメジャーらしい勝負根性はこの日もいかんなく発揮された。ラスト200m12.1は先頭を争う各馬にとってもっともハードであり、ここでひと踏ん張りできるか否かが結果をわけた。得意の根競べでわずかに前に出た。この踏ん張りがGⅠを勝ち切るには欠かせないのだ。
底力の差が出たクイーンズウォーク
レースは全体的にタイトな流れで展開した。先週のNHKマイルCは集団心理が生んだハイペースであり、今週はもしや反動で流れないのではとみられたが、前半800m45.4は昨年テンハッピーローズが追い込みを決めたときに並ぶレース史上3位タイの速さだった。
これは大外枠のアリスヴェリテがなんとかなだめられながら刻んだもの。スタート直後は抑えるようにもみえたが、やはり我慢が利かなかった。1頭と集団、いわゆる離し逃げは先週とはまた違う形でもあった。後半800mも入りから11.4-11.3-11.9-12.1と強烈で、アリスヴェリテが終盤バテるまで、かなり速いラップで引っ張った。
こうなると、直線の坂下からゴールまで底力勝負の形相を呈する。先行型は追われても伸びず、中団待機組も脚を溜めきれず苦しい。激戦の東京マイルGⅠらしく残り200mで前後がひっくり返った。4コーナー4番手から先頭に立ちかけたアルジーヌはかなり強い競馬をしたといっていい。反動さえなければ得意の平坦コースに移る夏が楽しみだ。
アスコリピチェーノの内にいたのが2着クイーンズウォーク。金鯱賞1着からここという中距離転戦ゆえ、前半のハイペースに付き合わなかったのも吉と出た。大味な競馬で実力を発揮するタイプであり、直線が長いコースで成績をあげる。あと一歩だったが、そこがGⅠの壁でもある。
アスコリピチェーノとは底力の差があった。着差はクビ差だが、まだGⅠは遠そうだ。短距離馬である母ウェイヴェルアベニューの産駒としては距離がもつ。秋は中距離に適鞍が少なく、牡馬相手となるとさらに壁が高くなる。どの路線に向かうのか注目だろう。
3着シランケドも中距離中心の歩みゆえ、ハイペースの流れに乗れなかった。遅れ差しの形となってしまったが、それでも馬群を縫うように追い込み、上位争いに顔を出した。よほど充実期にあるとみた。ジョッキーに追わせるタイプでもあり、デムーロ騎手とは手が合う。こちらも実績ある平坦コースが多い夏は楽しめそうだ。

《ライタープロフィール》
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースオーサーを務める。『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』(星海社新書)に寄稿。
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