テンポイントの記憶よみがえる日経新春杯 背負うハンデが勝負の分かれ目か

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力通りに決まるレースなのか?
「日経新春杯」
その名が示す通り、年明け1月の京都開催を盛り上げる名物レース。近年の競馬界はGⅠが増設され、そこへ向けてのステップとして多くのレースが施行時期を移動、あるいは条件の変更を余儀なくされている。日経新春杯はそんな風潮に流されず、ネーミングもかたくなに伝統を守り、オールドファンの心を捉えてやまないGⅡレースだ。
条件は紛れの少ない、京都外回りの長距離戦。例え道中のペースが緩んで瞬発力勝負になったとしても、スタートしてから最初のコーナーまでたっぷりと距離があるため、実力馬に腕達者のジョッキーが騎乗すれば容易にポジションを確保できる。
傾向としては人気馬の信頼度が高く、大きな波乱は見込めないレース。新しい年度の活躍が期待される明け4歳馬優勢と過去のデータは語っている。しかしこれまでのレース内容をひもといてみると、果たして力通りのレースが行なわれてきたかといえば、少々の疑念も湧いてくる。
4歳馬優勢のカラクリ
先に要点を挙げるならば、日経新春杯はハンデ戦で行なわれているということ。GⅠ、GⅡで好走歴のある実績馬から、条件戦を勝ち上がってようやくオープン入りを果たした馬まで、斤量差には大きな隔たりのあるメンバー構成になる。
では、なぜ実力拮抗となるはずのハンデ戦が堅い決着を見せるのか。
それは実績上位馬にとって、積極的に参戦しづらいレースになっている点に注目したい。GⅠシリーズが終了した年度変わりは、芝の状態を保護する意味でも、下級条件を含めてダート中心の番組へと移行する時期でもある。
秋のGⅠで結果を残した馬はもちろん休養へと入るが、そこで思うような稼ぎを得られなかった馬は、レース選択に頭を悩ませることとなる。翌週に中山競馬場で行なわれるAJCCは重賞勝ち馬でも比較的に楽な斤量で出走できるレースではあるが、暮れからの連続開催となり芝の状態は疑わしく、ましてトリッキーな中山コースへの参戦に二の足を踏む陣営は多く見受けられる。
トップハンデの不利を承知で日経新春杯への出走を決めたネームバリューのある馬たちは、その斤量差に苦しめられることとなる。近況の成績が不振な馬でも、そのハンデが一気に2、3kg軽くなることはまずない。
ハンデとはその馬がこれまで見せたベストパフォーマンスについて背負わせるものであり、負担を軽減された馬が後続に何馬身も差をつけて圧勝しようものなら、ハンデ戦自体が意味を成さなくなってしまう。
それに比べてキャリア、データの少ない明け4歳馬に、将来性込みで無理な斤量を背負わせることはできない。斤量的に優位な4歳馬、さらに突っ込んだ見方をするなら、近況好調でも軽量の恩恵を受ける馬が、期待値に沿った走りを見せやすいレースといっていいだろう。
ハンデの負担
4歳馬の参戦がなかった昨年こそ、54kgのパフォーマプロミスが勝利したが、そこまで5年間は続けて4歳馬が勝利していただけに、その優位は動かし難い。ただ、表面上のデータをなぞって、4歳馬を買っていれば間違いなしとするほど単純な話でもないだろう。
4歳時のルーラーシップは、56.5kgと微妙にコンマ5kg上乗せされた感もある2011年の日経新春杯を勝利。やはり実力のある4歳馬なら、多少重いハンデを背負っても大丈夫という説の根拠となりそうな事例ではある。だが、繰り上がりでジャパンカップを制した同世代のローズキングダムが、このレースで58kgのトップハンデを背負って3着に敗れていることは見逃せない。
当時のルーラーシップは、飛びが大きく豪快なフットワークを持っていたが、あり余る素質にトモの成長が追いつかず、反応の遅れが課題であった。道中のモタつきを挽回しやすい冬場の時計要する馬場状態を味方につけ、勝利したとの見立ても可能ではないか。
芝の生育の早い時期に比べ、冬場の芝を良好な状態に保つことは難しい。軽い芝で積み上げた競走データを基にして課せられた1kgのハンデが、直線での伸びには如実に影響する。これは、リピーターが成立しないというこのレースのもうひとつの側面が証明している。
これまで勝利した4歳馬のそれ以後の成績をみると、2017年優勝のミッキーロケット(55kg)は翌年4着(57.5kg)。2016年優勝レーヴミストラル(56kg)は翌年10着(58kg)。2014年優勝サトノノブレス(55kg)に至っては、2015年11着(58kg)、2016年3着(58kg)と2度にわたる挑戦も、ハンデの壁にはね返されることとなる。
条件やコースの適性さえも凌駕してしまうハンデ戦。翌年のルーラーシップは連覇を目指さず、AJCCに57kgで出走して見事に勝利を射止めた。実績ではなく、年齢でもなく、ただその馬の斤量が有利であるかを見極めるレースであり、それが人気であっても素直に従うべき。それが的中への近道と思われる。
テンポイントの記憶
冬枯れの芝、小雪が舞い散るなかでの日経新春杯となれば、こんな風につぶやくオールドファンも多いのではないだろうか。
「テンポイントが死んだのもこんな日やったなあ」
1978年の日経新春杯、海外遠征前の壮行レースとして、66.5kgという今では想像さえも難しい酷量を背負って出走した稀代の名馬は、レース中に故障し、回復を祈るファンの願いもむなしく、その後に蹄葉炎を発症して世を去った。
「日経新春杯でハンデを背負った馬が走らんのは、テンポイントの呪いや!」ともっともらしく語る人がいたのも、〝流星の貴公子〟が〝悲運の貴公子〟となったこの出来事が、競馬ファンにとどまらず、日本中を巻き込んだ伝説となった証しに他ならない。
それだけ冬場の枯れた芝を重い斤量を背負って走ることは、競走馬にとって大きな負担となることを、みんなが思い知ったあの日。
しかしテンポイントが残したものは、本当に〝呪い〟なのだろうか。あれから40年以上の月日が流れ、競走馬の調整法は大きく変わり、馬場保全の技術も飛躍的な向上を遂げた。その背景には二度と悲劇を起こしてはならないという反省の意識が大きく寄与したと思えてならない。
もう冬枯れとはいえない緑に整えられたターフを、重い斤量を背負った実力馬が悠然と駆け抜ける。データ競馬ではなく、そんなシーンを見たくて、また京都競馬場へと足を運ぶのかもしれない。
